ショートショート 491~500
491.「これ譲って!」
そう君が可愛く懇願するから、私はソファを譲った。ライトを譲った。カーテンを譲った。テレビを譲った。
殆どの家具を譲った。
いつのまにか私の部屋は空っぽで、君の広い部屋には私の物が揃っている。
「これ譲るから、最後のお願い」
そう言
て渡されたのは君の部屋の鍵だった。
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492.だから私は父から貰ったカセットプレーヤーとカメラとお菓子を持って出かけました。行き先はあの知らない曲がり角です。「もうすぐ春ですね」とテープが耳元で歌います。なぜか気に入って仕方がない坂道の写真を撮りました。モンキチョウが踊ります。春を出迎えに行きましょう。『春の匂いがしたから』
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493.紅茶を持って戻ると、さっき読んでいた本の上で猫が座っていた。
どこから来たんだい、と声を掛けると紫の瞳を歪ませ外へと駆けて行った。
風でページが捲れる。
そこには先程まであった、猫の描写全てが空欄になっていた。確かあの猫と本に出ていた猫の容姿は酷似していた。
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494.彼女の考えている事は筒抜けだ。だって耳から溢れ出ているから。
何食べたいか聞くと「えっと…」という声と共に耳から「ハンバーグかお寿司か…」としんしんと悩む声が聞こえてくるのは大変愉快である
「今日こそ告白」
隣を見ると彼女と目があった。
彼女の言葉を待つか、僕が言ってしまうのが先か。
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495.由緒正しい女子校の、旧校舎奥の第1美術室の鏡の話。
その鏡に何年何月何日を見せて下さいと指を組むと、その時鏡の見た記憶を写すという、秘密のおまじない。
私が見たのは髪を梳かす着物の女性だった。一重で睫毛の影の美しい女性は最後に唇を赤く染め、誰かを思い微笑む。
これは私の、叶わぬ逢引の話。
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496.結局のところ私は絵が描けないのではなく、絵を描く勇気がないのだ。あの純真潔白な用紙を前にするとそれはもう告白手前が如く、頭の構想は脆くなり、そしてそれは鉛筆を置くと砕け一目散に用紙へ飛び散ってしまう。
私はその散った構想を追う気力も、追いかけて捕まえる勇気も無いのだ。
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497.今日も夜が私を明日へと追いやる。
何故そんなにも急かすのか、呆けているだけでも「時間切れ」と吐き捨てるように新しく希望に満ちた忌々しい朝日が昇り、掃き溜めの様な私は何一つ昨日に残す事なく流れ作業に仕事へ向かう。
私はいつから眠れなくなったのだろう。それとも今も何処かで眠っているのか。
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498.立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花だが、斬って開けば皆同じ赤
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499.立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。走るは散り桜の如し、紅椿を唇に、笑えば花桃泣けば木蓮、怒る姿は仙人掌で、月下美人の如く目覚め、睡蓮の様に眠りゆく。
白き髪は雪柳、温もりなき手は朴の花、花桃を頬に横たわる姿は八重桜の一房。
棺に入るは全ての花。
その姿は彼女という花であった。
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500.綺麗は良き、しかしまた醜きも悪くなし。古きは良き、また新しきも良きである。生は良き、その先待つ死も美しき。白は良き、だが黒色も良きである。良きはいい事である。しかし悪きも力試しの暇潰しには良いものだ。