月下百鬼道中 2.【月下の出会い】1話 帰郷
自分のお気に入りの場所。大抵の人は、安心することができて居心地がいいと感じる場所を、少なくともひとつは持っているように思う。実家、学校、はたまた酒場か。
僕の場合は、今座っているこの場所。所々積み木のように陸地が段々状に積みあがっている丘陵のひとつ、一番高いところで青い海を見下ろせる丘がそうだ。この場所は自然が豊かで、色々な音が聞こえてくる。波の打ち寄せる音、木々や草花の揺れる音。そんな陸地が広がるここには人の気配がなく、自然の雄大さを感じられる場所だ。
今は昼過ぎ。僕‘ら‘は、昼食にと買っておいたクロックムッシュを食べ終えて、草むらに座ってお腹を休めている最中だ。
今日は一段と晴れていて真っ青な空と、海が、地平線の先まで続いているのがよく見える。
「…いい天気。」
揺れる髪を軽く押さえながら、そうつぶやいたのは隣に座っている女性。彼女の髪は赤薔薇のようで、その髪を束ねたポニーテールは風にふわふわと揺れている。
彼女の名前は、ローザ。僕が冒険者として旅立つ時に知り合った子だ。身長は同じくらいで顔立ちには若干幼さが残っている。彼女の実家は僕と同じ『アブル連邦』で、父親は騎士だそうだ。その父親譲りの気質なのだろうか、自分よりも巨躯な魔物、オークを前に一歩も引かない勇敢さを持っている。ただ、普段の彼女は明るく、落ち着いていて、今もこうして、ゆったりと海を眺めていた。
そんな彼女の呟きに軽く相槌を打って、胡座をかいていた僕は空を見上げる。海と同じ真っ青な空には、綿菓子のようにな白い雲が浮かんでいた。ぼうっと眺めていると、ローザは少し申し訳なさそうに声をかけてきた。
「…あの…タビト、お願いがあるんだけど…いいかな…?」
なに?と聞き返すと、ローザは人差し指で頬をかきながら答えた。
「いっかい、さ、アブルまで戻ってもいいかな?…その、そろそろクリスマスだし…お母さんの顔が見たいな……って。ちょっと距離あるけど…」
なるほど、と僕は思った。というのも、今僕らがいる場所は連邦から大分離れているところにある。牛車でいくならまだしも、歩くとなると、日を何度か跨いでしまうし、魔物が跋扈する中で野営をしなくてはいけなくなる。さらにその道の途中には関所があり、国境を超えなければいけない。僕らが今いるのは『シュリンガー公国』という、大陸の北に位置する国の領地。アブル連邦は、その公国よりも南に位置する。そして、その関所を超えるために僕らは魔物退治や様々な依頼をこなして、ついこの前、ようやく国境を超える許可をもらえた。だから、苦労して歩いてきた道を引き返すことに、彼女は引け目を感じたのだろう。それで申し訳なさそうにしていたのだ。
僕としては無論、断る理由もなし、まして母親に会いに行くというのならばむしろ行かなければと、僕は二つ返事をして立ち上がる。彼女はそれにありがとうと返した。
次の目的地も決まったので、僕らは荷物を纏めその場を後にする。まずは、牛車のある公国まで向かわなければいけない。その道中、僕はローザの母親のことを話題にあげた。そうすると、彼女はとても嬉しそうに母親の話をする。
「私のお母さんはね、お菓子作りが好きで、とっても優しいんだ。」