実践例2 K君幼稚園年長の男の子②
〔幼稚園訪問〕
幼稚園に電話をし、要件を伝えたところ、訪問を快諾してくださいました。幼稚園の方でもK君の対応について非常に困っている様子が電話から伝わってきました。
幼稚園に着くと、K君のクラスはいままさに何かの活動から教室に戻ってきて、水分補給をし、次の活動のための準備をしている所でした。
最初K君に気づかれないように観察していると、K君は講堂から保育室に帰るまでにあちこち寄り道し、講堂を出たのは最初の方でも、保育室に戻ったのは最後の方でした。気の散りやすさがよく出ていました。加えて、水分補給をする間にも他児の水筒の柄が気になって見ていたり、虫かごの虫を見に行ったりと、なかなか所定の位置に座りにいきませんでした。そうこうする内に担任の先生が保育室に戻り、クラス全体に次の活動の説明を始めました。この時になってK君は慌てて水筒を片づけに行き、自分の席に座りました。
活動は椅子取りゲームでした。K君はニコニコとゲームに参加し、特に目立った行動はありませんでした。しかし、だんだんと椅子がなくなり、K君が座れないタイミングがやってきました。すると、K君は怒りだし、保育室を飛び出していきました。この頃、家庭ではお母さんの裾をつかみながら、なんとか涙をこらえてゲームをしていた頃でした。
保育室を飛び出すと、K君が隠れて見ていたセラピストに気づきました。一瞬驚いた顔をしていましたが、すぐに「先生ー!」と笑顔で筆者に抱き着き、次の瞬間満面の笑みを浮かべながら保育室を振り向いて「みんなー!先生がきてくれたよー!」と大声で報告したのです。
当然、クラスは”ぽかーん”としていました。担任の先生だけが苦笑いをし、そのまま椅子取りゲームを進めていました。「なんできたの?」「どうやってきたの?」「いつまでいるの?」と矢継ぎ早の質問を受けながら、少し落ち着いたころにセラピストがK君に「もうしばらくここにいるから、戻ってゲームの続きをやってきたら?」と促すと、しぶしぶではありますが、K君はクラスに戻りました。それから先は、セラピストの事が気になってゲームは上の空でしたが…。
その後、担任の先生、園長先生とお話をさせて頂きました。お母さまから聞いていた通り、動きが多いこと、じっとしていられないこと、待てないこと、友達とのトラブルが多いことを伺いました。しかし、担任の先生は実に愛情深くK君のことを見てくれており、虫の事に詳しいことや、時折見せるとても良い集中力の事、独創的な発想が面白いことなど、K君の良い面も沢山教えてくださいました。園長からは、K君の「どうせ僕なんか…」という口癖が気になる事、お母さまが常にK君の事を叱っていることが心配だというお話を伺いました。
セラピストからはK君の特徴を伝え、気の散りやすさや動きやすさがあるが、工夫して抑えられることもあること、今は勝ち負けの練習をしていること、ちょっとした言葉のあやで意味を取り違え、勘違いして思い込んでしまうことなどを伝えました。
すると、担任の先生から「ああ、そういう事だったんですか…ようやく意味が分かりました」と言う言葉が出ました。ある日、担任がK君と水槽のメダカの世話をしている時、K君から「水が少なくなってるね」と言われ、「じゃあ水を入れておくわね」と返したそうです。しかし、その日の帰り際、K君が「ない!(水槽に)水がない!と言って怒り出し、意味が分からなかった担任は「水ならあるじゃない??」と答えましたが、K君は怒ったままだったそうです。
K君の認識では、担任が”すぐに”水を入れてくれる、と思ったようです。しかし、先生の認識は”時間が出来たら”水を入れておく、というモノでした。ささいな勘違いややり取りのずれですが、K君には大きなことだったようで、『先生が約束したことを破った!』という意味で怒っていたのでしょう。担任は続けて「『なんでそこまで怒るか分からない』と思うことがよくあるけれど、そこにはK君なりの意味があったんですね…叱ってばかりで悪いことをしました」と語られました。
このケースでは、園訪問の機会を持つことで、このような話し合いが出来、K君の特徴を幼稚園に理解してもらうきっかけになりました。また、お母さまが現在”ペアレントトレーニングで褒める練習をしている”ことを伝えると、察しの良い担任が「じゃあ、幼稚園であった良いことをお母さんに伝えて、褒めてもらう材料にしますね」とおっしゃってくださいました。
後日談ですが、担任はゲーム性のある遊びをするとき、負けた子を集め、ハグするという方法を園でも取り入れて下さったようです。そうしたところ、K君が負けて保育室を飛び出すことは減っていったそうです。また、お義母さんが担任から伝えられた褒めポイントを褒めるようにすると、K君はにんまり嬉しそうにしていたとのことです。
幼稚園・保育所の特徴にもよりますが、問題行動を起こす子どものことをどう理解してよいか、どう対応したらよいのか困っている園は実に多いです。今回のように専門家が園に出向き、子どもの特徴を伝えることで、園に子どもの事をよく理解してもらい、よりよい対応に繋げてもらえるケースもあります。幼稚園・保育所での生活については保護者が手出しを出来ない領域のため、園訪問のサービスを利用することも一手でしょう。
〔ペアレントトレーニング〕
K君のお母さまに取り組んでいただいたペアレントトレーニングの内容は、大まかに以下の内容です。
- 悪循環に気づき、良い循環を生み出そう
- 便利な3つの箱、褒めどころと叱りどころを整理しよう
- 褒める練習をしてみよう
- 整え上手になって、子どもの良い行動を引き出そう
- 効果的に指示を出そう
- ペナルティーの与え方
1回90分、セラピストからの説明を受け、勉強をして頂き、最後に宿題を出します。具体的には、その日学んだことを次回までに家庭で実践してもらう、というものです。その次の会は前回の宿題の振り返りをし、その日の講義に移り、また宿題を出す、そういう流れの繰り返しです。
プログラム実施後、お母さまからは
- 「叱ってばかりでイライラして、子どももイライラして言うことを聞かなくなって、まさに悪循環だった」
- 「なんでもかんでも叱らないといけないと思っていたが、叱らずに褒めて行動を改善する方法があるということが驚きだった」
- 「何気なく、普通に出来ていることでも、褒めれるんだということに気づいた」
などの感想が聞かれました。
宿題にも真面目に取り組んでいただき、3の褒める練習では、実際に意識して褒めてみたところ、あからさまに嬉しそうな顔はしないものの、その次から明らかに褒めてほしそうにその行動を繰り返す姿が見られた、とのことでした。それも褒めの効果であることを伝え、慣れないことでも熱心に取り組まれているお母さまを褒めました。お母さま自身、「めったに褒められることなんかないから、照れます」とはにかんでいらっしゃいました。
また、6回の講義をする中で、お母さまから「自分自身叱られて育った。褒められた記憶はない」とも伺いました。人は多かれ少なかれ自分の育った環境の影響を受けて子どもを育てるものです。『厳しく叱ることが子育て』と思って来たK君のお母さまにとって、セラピストの紹介した方法は当初違和感があったものの、子どもが可愛く変化する喜びもあり、徐々に態度が変化していきました。
相談当初は「褒めるところなんかありません」とピシャリとおっしゃられていたお母さまでしたが、ペアレントトレーニングを終える頃には「最近は意識的に良いところを見つけるようにしています。そうすることで、前より気持ちに余裕が出てきたような気がします。とは言っても怒ることが多いのは変わらないですけど」と冗談めかして言われるまでになりました。
ペアレントトレーニングは個別でも行えますが、通常グループで行うものです。もし似たようなニーズの保護者様が集まれば、グループで学びあい、支えあう場として、ペアレントトレーニングをすることも可能です。発達障害のお子さんを持つ保護者様方で、複数人で学びたいというご希望があれば、問い合わせフォームよりその旨お伝えください。
K君は現在小学1年生になっています。勉強はおそらく問題ないかと思いますが、今後も対人関係において多くの理解や支援が必要なお子さんだと思われます。今後もソーシャルスキルの練習や、お母さまとの相談、機会を見て学校への訪問などを視野に入れています。