ギリシア神話の支配者2 ガイア②
世にも恐ろしい怪物キュプロクスとヘカトンケイルが産まれる前に、ガイアは6人の息子と6人の娘を産んでいた。この子どもたち、とりわけ息子たちに向かって、悲しみに暮れたガイアは語りかけた。
「ああ、わが子たちよ。でも何とも極悪な父の子たちよ。わたしの言うことを聞いて、お前たちの父のむごい仕打ちを罰しておくれ。彼こそ破廉恥なことを最初に思いついたものなのだから」
子どもたちはみな驚いて、誰も口をきかない。キュプロクスへの仕打ちを持ち出すまでもなく、「恐ろしい父」であるウラノスに勝てる見込みはないと思っていた。子どもたちは青ざめ、恐怖に支配された沈黙があたりを包み込んだ。すると、悪賢さに長けた末の息子クロノスだけが勇気を出してこう言った。
「母上、わたしがそれを成し遂げることを約束します。あの私たちの憎い名の父のことなど気にかけません。」
ガイアはこれを聞いて喜んだ。彼女は息子を、待ち伏せにうってつけの場所に隠し、大鎌(自ら産み出したアダマスという硬い金属からガイアが作った、ノコギリのようなギザギザの刃のついた巨大な鎌)を渡し、策略をすべて授けた。夜になり、ウラノスがやってきて、愛に燃えてガイアを抱き、彼女の前身をおおった時、クロノスが隠れ場から左手を伸ばして男根をつかみ、右手に大鎌をとると、父の男根を素早く切り取り、背後へ投げ飛ばした。この時、ウラノスの傷口からは血がほとばしり、ガイアの体のうえにしたたり、新たな命を宿した。そこから誕生した子どもたちは、ウラノスの怨念が宿っているかのごとく、恐ろしい者たちばかりだった。
もっとも恐ろしいとされたのが、復讐の女神エリニュエス(単数エリニュス)。彼女らは異様に恐ろしく醜い姿をしていて、髪は無数の蛇となり頭に巻き付き、黒い衣をまとい、手には無知や松明を携えていた。黒い翼を持ち、どこまでも執拗に犯罪者を追跡して、あくまで罪科を追及し、容赦なく呵責を続け狂気に至らせた。彼女らが守護したのは、古代社会で最重要視されていた血縁の掟。だから、血族間における侮辱や暴行を犯したものには情け容赦なかった。
その他にも、やがてゼウスが支配権をめぐって戦うことになるギガンテス(巨人族)も生まれたが、ウラノス襲撃のエピソードで最も有名なのは絶世の美女アフロディテ(ローマ名はヴィーナス)の誕生。ウラノスの切り落とされた男根は、海の波に落ち、長い間あちこちを漂っていた。そして、そのまわりに白い泡(「アプロス」)が集まり、そのなかから一人の乙女が生まれ育ったのである。乙女はまずキュテラ島へ、さらにキュプロス島へ渡った。そこで、この美しく、恥じらう乙女は海から上がった。すると、彼女の華奢な足もとから若草が生え育った。神々も人間も彼女を、泡から生まれたのでアプロディテと呼ぶことにした。さらに。ホメロスの『アプロディテ讃歌』によれば、はキュプロス島でホーライ(ホーラたち)に迎えられ、衣裳を与えられた。衣装を着け、冠を被り、飾りをつけて、アプロディテははじめて神々のもとへ連れて行かれる。このとき、お供を申し出る者がいた。愛の神エロスと、エロスに連れられてやってきた欲望の神ヒメロスだ。両者を連れ立って天井に到着すると、いよいよ神々の前にアプロディテが通された。多少のことでは驚かない神たちも、この女神の美しい姿には目を見張った。そして、お供にエロスとヒメロスがいたことが状況を混乱させてしまう。愛の神と欲望の神が一緒にいたため、天上で穏やかに暮らしていた神々の心に、アプロディテへの浴場を燃え上がらせる結果となってしまうのd。こうして突如として現れた女神の存在をめぐり、神々の熾烈な争いが始まる。
(アレクサンドル・カバネル「ヴィーナスの誕生」オルセー美術館)
(ウィリアム・ブグロー「ヴィーナスの誕生」オルセー美術館)
(ウィリアム・ブグロー「オレステースを責める復讐の三女神」)
オレステスは、暗殺された父アガメムノンの敵(かたき)を討つために実の母親クリュタイムネストラを殺した。エリニュエスは、母殺しのオレステスをどこまでも追いかけまわして、狂気に追い込んだ。