ギリシア神話の支配者6 ゼウス①最初の妻メティス
ティタン神族、ギガンテス、テュポンとの戦いに勝利し、ガイアからも認められ神々の王となり世界を支配することになったゼウスが最初に結婚した相手は、知恵の女神メティス。すべての神々や人間たちの中で何事も一番よく知っている女神。メティスはティタン神族のオケアノス(長男)とテティス(長女)の娘オケアニデス(3000人いるとされる)のひとり。ゼウスの兄姉がクロノスに飲み込まれた時、既にゼウスの味方であった。そしてクレタ島で成長したゼウスが、祖母ガイアの教えに従い、クロノスをだまし、彼に吐き薬を飲ませ、飲み込んでいたゼウスの兄姉たちを吐き出させることに成功したのも、メティスの助けを借りたからだった。
ゼウスと結婚したメティスはやがて妊娠。ところがゼウスは、驚く行為に出る。妊娠したメティスを呑み込んでしまったのだ。祖母ガイアからこう告げられたから。
「メティスが最初に産む子は、知恵も勇気も彼に匹敵する素晴らしい女神だが、その次に男の子が生まれ、お前はその子に神々の王の地位を奪われる」
ゼウスはどうやってメティスを呑み込んだか?メティスは何にでも姿を変えられる力を持っており、普段からそのことを自慢していたが、そこに目をつけた。いろいろなものに変身させ感心したふりをし、最後に水滴に変身させそれを飲み込んだのだ、ゼウスの腹の中で善悪を考えてくれと言って。こうしてゼウスは知恵の源泉を自分のうちに持つことになる。そしてメティスは、世界の支配者の腹の中で最高神ゼウスに適切な助言をし続けることになった。
ところでメティスが妊娠していた子はどうなったか?神である以上死ぬことはない。ゼウスに呑み込まれた後も母の胎内で順調に成長を続けた。そして歳月が流れたある日、ゼウスは激しい頭痛に悩まされる。我慢できなくなったゼウスがヘパイストス(プロメテウスとも言われる)に斧で頭を割らせてみると、天地を震撼させるようなけたたましい雄叫びを上げながら、勢いよく女神が飛び出してきた。戦いと知恵の女神アテナ誕生の瞬間である。すべての神々はその姿を見て驚き、恐れた。オリュンポス山は、ふくろうの眼をしたアテナのすさまじい勢いに、はげしく震えた。あたりの大地の鳴動は深く、海は深紅の大波を湧き立たせて荒れ狂った。海岸には高潮が押し寄せた。 この時のアテナの姿に驚かされる。なんと黄金の甲冑に身を包み、手には槍と楯を持つという完全武装の姿だった。生まれながらにして、闘争本能に恵まれていたのである。しかし戦争の神と言っても、人間たちを血みどろの戦闘に駆り立てることを何よりの楽しみにするような野蛮な戦争の神アレスとは違う。機知・機転を体現する女神だった母メティスの血を継ぎ、あらゆる神に劣ることのない知恵も供えていた。アテナは戦争の文明の面を司り、戦士たちの活躍を助けてくれる女神だと信じられていた。神話の中でも多くの英雄がこの女神に助けられ、数々の手柄を上げたことが語られている。例えば、ペルセウスのメドゥーサ退治。見たものを石に変えてしまうメドゥーサを、ペルセウスはメドゥーサの顔を見ないようにして、盾に映し出されたメドゥーサの姿を見ながら近づき、剣でメドゥーサの首を取ることに成功。この表面が鏡のように磨かれた盾はアテナから授けられたものだったし、手を引いてメドゥーサに近づけたのもアテナだった。
メティスはゼウスの最初の妻だったが、三番目の妻ヘラに比べて存在感は薄い。しかし、ゼウスの中で生き続け知恵を授けたのみならず、アテナを生み出したことで、その果たした役割は決して小さくはない。
(ルネ=アントワーヌ・ウアス「アテナの誕生」ヴェルサイユ美術館)
(ルネ・アントワーヌ・ウアス「ペルセウスに盾を渡すアテナ」)
(パリス・ボルドーネ「ペルセウスを武装させるメルクリウスとミネルヴァ」)
メリクリウス=ヘパイストス、ミネルヴァ=アテナ
(チェッリーニ「メドゥーサを殺すペルセウス」)フィレンツェ シニョーリア広場ロッジア・ディ・ランツィ