ロマンス語を一から学ぶための本
今年2月に刊行された、小林標『ロマンスという言語―フランス語は、スペイン語は、イタリア語は、いかに生まれたか』をようやく入手した。著者は、大学書林の『楽しく学ぶラテン語』(1992年)と『ラテン語文選』(2001年)、あるいは中公新書の『ラテン語の世界』(2006年)と『ローマ喜劇』(2009年)などで知られる、ラテン語学・古代ローマ学の権威で、この本も、(タイトル中の「いかに生まれたか」の部分から推測できるように)ラテン語の重要性が全体にわたって強調されている。さっそく読み進めているが、これは、大学のラテン語の授業で、理解の補助のためにイタリア語やフランス語の話も頻繁にしている僕にとって、まさに「教科書」的に使えるものであることがわかった。
「大学用の教科書」という(僕の勝手な)観点からみると、本書の最大の特徴は、その解説のフォローのしやすさにあると思う。小林氏は、海外の類書と比較するかたちで、自身の執筆方針について次のように述べている。
海外で出版されているロマンス語学の書は読者の一定の知識を前提としている。…一方日本語でロマンス語学の書を書くときにそれらを前提とすることは、不可能ではないが読者を極限にまで減らしてしまうであろうし、そのような書物を書く理由がそもそも存在しなくなる。そのゆえに筆者は、あまりに当たり前の事柄でも一から説明することを随所にしている。…フランス語なりスペイン語なりを既に習得している人には「そんなこと知ってるよ」となるであろうがそこをあえて詳しく解説するのが「ロマンス語を一から教える」本書なのである。…自分の知識を単なる「語学的知識」から「言語学的知識」へと高めてほしいというのが、若いときの自分を省みての筆者の願いで、そのゆえに読者次第では不要かもしれない記述を省略しなかったのである。(8~9頁)
じっさいに本論部分をみると、この方針が堅持されていることが確認でき、ロマンス語社会の歴史的背景や、言語学関係の専門用語などについては、すべて丁寧な説明が施されている。また、「講義口調」とまではいわないが、最初から最後まで硬すぎない日本語スタイルで解説がなされているのも、本書の読みやすさに貢献している。
中身の話も少し。ロマンス語に関心をもつラテン語教師として、僕が授業でも役立てられそうだと考えたのは、小林氏が本書をつうじて強調する、ラテン語起源の諸言語の「変化したが変化しなかった」(38頁ほか)という特質である。たとえばイタリア語やフランス語は、ラテン語とはさまざまな面で異なっており(44~46頁にみえる小林氏のまとめにしたがえば、「総合的」なラテン語から「分析的」な娘言語へ、という大きな流れがある)、その意味でまちがいなく「変化した」のだが、それでも「他の言語[たとえばゲルマン語派のドイツ語]と明白に異なっていた特質は変わらず維持された」(38頁)ということははっきりしていて、ゆえに「変化しなかった」とも表現できるのである。僕の授業の学生のうち一定数は、(専攻言語あるいは第二外国語として)イタリア語やフランス語を学んでいるため、ラテン語とそれらの言語の共通性は、小林氏にならって、今後とくにクローズアップしていきたいと考えている。ラテン語の理解の促進のためには、これは、たとえば(非ロマンス語の)英語を持ち出すより効果的だろう。
より細かい点で個人的に興味深く思ったことは多数ある(たとえば330~355頁の「ロマンス語的動詞組織」の解説は、ラテン語の動詞組織の特徴を説明するときに便利そうだ)。これから、ラテン語の授業の際、いつでも参照できるように本書は教室に持参するつもりだ。