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パプリカとミカン

2019.04.22 22:06

※フィクションのような雑文です。酷い駄文になってしまいましたがせっかく書いたので載せておきます。



『あなたに、会いたい』

耳にはめたイヤホンから、歌声が漏れていた。


『お疲れ様でした』

その耳に私の声が届いているか分からなかったが、そう言って、ドアのノブに手をかけた。


深夜1時。

常駐先のシステム管理責任者である40歳をわずかに越えた社員が、親会社から負わされた責務は、私を含め他会社から支援にきている外部スタッフがその場でフォローできるものではなく、昼間の13時から続いた障害対策本部とのテレビ会議が12時間にもおよび『月曜の朝8時に報告するように』と宣告されたその女性社員が、先ほどまで睨むように見つめていた親会社とつながるモニタの電源が切られるや、すぐにスマートフォンを取り出して、自身の慰めに好きな音楽に身を委ねるのを、余計な言葉でさえぎる権利を、私は持っていなかった。


ドアに手をかけながら『見つけたのは一番星』と歌詞の続きが背後から漏れ聴こえたとき、私はやはり何か話をしておこうと振り返ったが、その社員の目から光るものが流れているのが分かり、私は挨拶だけで部屋を後にした。


タクシーで帰ろうか。

それとも近場の空いているホテルを探そうか。

身体は疲れていたが、思考を停止させるほどではなかった。


本来の予定であれば今頃、インターネットで見つけた新橋にある、店主が変わったばかりのラウンジで、ウィスキーのグラスを傾けているはずであった。 

そのウィスキーが苦いものになるか美酒となるかの選択権は私にはなかったが、朝の11時にシステムに障害の兆候が現れても、その時はまだ、その日の夜にそのラウンジにいる自分の姿を疑うことはなかった。


11時半には障害の規模が一部のユーザだけではなく広範囲であるとの情報が入ってきていたが、例え遅くなったとしても、その日の内に復旧するだろうと信じていた。

12時半になり、全国の拠点から集中的に問診や苦情を受けつけるQA(Question Answer)の部署が、問い合わせ件数の増加に対処しきれなくなり、システム企画部に苦情の連絡をしたことで、事態は表面化した。


すぐに大阪にある30階建ての本社ビルに障害対策本部が設けられ、情報の統制が行われた。


今思えば最初の兆候を発見した11時半から被害が拡大する12時半までに、私の独断でシステムの再起動を行っていたら、協力会社の社員による反社的なオペレーションミスというだけで、システムは回復していたかもしれない。

その場合は始末書と私が現場から退場するだけで済んでいただろう。

だが、システムを独断で操作することはおろか、システムにアクセスするためのオペレーションルームに単独で入ることも不可能であった。

オペレーションルームの扉は、二人の社員による11桁のパスコードに対するハッシュ値で開くことができる。

障害は直ちにBランクと定められ、社の役員は金融庁に報告するための文章作成にとりかかりはじめた。


土曜日の朝にここまで書いて、私は白々しい気分になり、いったん筆を置いた。


9月末に締切となる文学賞に、これではとうてい応募できない。

日常におきるすべてのことを文学にしたいと思いつつ、駄文ばかりが綴られていく。

自分の書く言葉がどうも、よそよそしく感じられる。

スランプなどというそんな高尚な病にはかからないが、私はきっと、まだ迷っているのだろう。


日曜日にまた、続きを書き始めるが上手くいかない。


システム障害は確かにおこり 、全国にいる5万人の職員の仕事を1日停止させることになった。親会社がいう賠償とは、その労働時間に対する金銭的賠償も含まれるているのだろう。

だが、そんなことを誰かに訴えたくて、私は先週末に起こった出来事を文章にしているわけではない。


私がどんなにじたばたしても、そのことはおそらく、あらかじめ定まっていたことなのだろう。


私が会社を出た時刻は1時を回っていた。

私はその足で1年半ぶりに蒲田にある深夜酒類提供飲食店の【パプリカ】を訪れた。

パプリカは筒井康隆の小説に登場する、DCミニという人の夢の中に入ることのできる機器を使い、人の精神を治療する女の名前である。

パプリカ自身も夢の中にしか存在しない。マスターはそんな夢の中の女がいる空間を演出したくて、店の名を【パプリカ】と名付けたのだろうか。


ここまで書いて、自分でも何を書きたいのか、分からなくなっている。


映画『パプリカ』に登場する研究所の博士がDCミニにより精神を冒され発狂していくときに、次のような言葉を発する。少し長いが引用する。



“ パプリカのビキニより、DCミニの回収に漕ぎ出すことが幸せの秩序です。

五人官女だってです!

カエルたちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミが吹き出してくる様は圧巻で、まるでコンピューター・グラフィックスなんだ、それが!

 総天然色の青春グラフィティや一億総プチブルを私が許さないことくらいオセアニアじゃあ常識なんだよ!

今こそ、青空に向かって凱旋だ!

絢爛たる紙吹雪は鳥居をくぐり、周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒をつかさどれ!

賞味期限を気にする無頼の輩は花電車の進む道にさながらシミとなってはばかることはない!

思い知るがいい!三角定規たちの肝臓を!

さぁ!この祭典こそ内なる小学3年生が決めた遙かなる望遠カメラ!進め!集まれ!

私こそが!お代官様!すぐだ!すぐにもだ!わたしを迎エいれるノだ! ”


最後は叫びをあげて、博士は窓ガラスを破りビルから転落していく。


バックミュージックには平沢進の『パレード』が流れ、映像と音楽が人のトラウマを刺激するアニメである。


私もいつか発狂し、人生から転落していくのだろうか。


それとももう、何かが壊れはじめているのだろうか。


【パプリカ】に入ると、2年ぶりの見知った顔がそこにあった。

彼女は看護師をしていて、週末にだけこの【パプリカ】で働いている。

再会を喜んだ後でウィスキーを注文し、喉に流し込む。

彼女もまた最近、1年ぶりに【パプリカ】に戻ってきたという。

29歳という年齢を感じさせない美貌だが、生活が順風満帆というわけでもなさそうだ。

『お酒と人が好きだから、家にいても一人で飲むだけたしね』そう話す彼女に、きっと嘘はないのだろう。

彼女の心を見つめようとしたが、上手く感じることができず諦めた。


それからしばらく昔話に興じた。

私は酔うと、よくその店のカウンターに入り、勝手に接客をはじめていた。

大抵の客はにこやかであるが、ごく稀に怒りだす客もいた。

そういうときはカウンターの上に裸で上り、歌舞伎役者のように見栄をきって口上を唱えていた。

私が破壊した扉は、いまでは別のものに変わっている。


何が楽しくて、当時はあんなにも騒いでいたのだろうか。

いや、何が不満で、あんなにも騒いでいたのだろうか。

3年前のことが、もっと昔に感じられる。

1時間半ぐらいたった頃だろうか、パプリカの女が、老いた私の髪を綺麗だと撫でていると、店のマスターにより、本日の営業を終わらせることを告げられた。

マスターは、駅前や店の周囲の状況を観察し、来店客が増えない場合は、早々に店じまいをする。

私は飲み足りなかったが、パプリカという夢の住人に挨拶し、店をでることにした。


名残惜しさを抱きつつ、もうここにくることはないと誓った。

私はもう夢を見るには老いている。現実を歩かねばならない。


すでに時刻は深夜の2時半を過ぎていた。

通りを歩いていると、他国の女が卑猥な言葉を発しながら勧誘をもちかけてくる。

女が近づいてくるのを手で制し、足早に通りを過ぎる。


『あなたに、会いたい』

誰かの歌声が耳に残っている。

私は誰に会いたいのだろうか。

私は何をしたいのだろうか。

人は生きて、何をするのだろうか。

誰かが私に問いかける。

いや、問いを発しているのは自分自身だろうか。

人が日常からこぼれ落ちるのは、簡単に思えてくる。

当時、なぜマスターは、私の横暴を許してくれていたのだろうか。店にはもういかないが、いつかマスターには直接感謝を伝えたい。


始発までは、まだしばらく時間があった。

辺りを漂流するように歩いていると、呼び込みをしている男に呼びとめられた。

酔ってはいたが、理性はまだ十分残っていた。

一度無言で通りすぎた後で、今日で最後にしようと自分に言い聞かせ、男の後に続くことにした。


エレベーターで3階に登り、L字型の店舗に入った。

入り口から一番近い席に座り、店内を眺めた。

暖色系の明るい照明が光っている。

すぐに店の奥から、1人の少女がやってきた。


この後、完璧な笑顔をする舞台女優のたまごに出会ったが、この物語を書くには、私はまだ、自身に起きたことを十分消化できておらず、その意味も分かっていない。


信頼をテーマにした文学を書こうと思いつつ、私にはまだ、その信頼を語るだけの、信頼が足りていない。

彼女はその笑顔の下に隠した努力と悲しみで持って、誰もが認める本物の女優になるだろう。

私はただ純粋に応援することができるだろうか。

誰かを信頼するとは、つまりは自分を信頼するということでもある。

地蔵菩薩が弥勒を信頼するように、私は自分自身を信頼しなければならない。

それが達成されたとき、一度粉々に散った私の文体は、より強固に、私の文学を築くだろう。