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ふと気になった身勝手の幸せとは...✨

2019.04.28 09:30

星が降る夜と眩しい朝が

繰り返すようなものじゃなく

大切な人に降りかかった

雨に傘を差せる事

でもない


おっす、オラSE!

先日、高偏差値帯のフルスペック女子と話している時に、ふと幸せとはなんなのか気になった。

(今回もSEの独り言シリーズだよ。)


僕は年収が800万円を超えると幸福度が下がってくるという研究について知っているので、僕の目標は年収700~800万だ。


そんな話を外食中にしていた。


そこに、いかにもオラオラ系と言わんばかりの肉体労働をしていそうな態度の悪い輩が現れた。


高偏差値帯フルスペック女子は、

「彼らは彼らで幸せだろう。たまに買うハーゲンダッツに喜ぶのだ。」

と言ってのけた。


僕は、何も言えなくなった。

それでは、自分が頑張っている意味はなんなのだろうか。

より幸せになることを求めるが故、幸せを犠牲にしているのかと。


続いて高偏差値帯フルスペック女子は言う。

「私たちは知識による贅沢も知っている。今、感じている幸福度は同じ100%でも、もうあちらには戻れない。」


なんだかスッと納得してしまった。

僕を納得させたのはこの「戻れない」という言葉だろう。


そう、僕たちも無知を経験している。

視野の狭い世界の扉を開いてここにいる。


別に、アイツより幸せだとか他者と比較して感じるものではなく、

初心を振り返ってみればいい。


すると、今、僕は53万%くらいは幸せを感じることができる。

努力している意味はちゃんとあった。


そんなSEの身勝手の脳内でした。