京都庭園散歩 知恩院・後編(2019年04月)
山亭庭園を出て右(南)に進むと勢至堂の前に出ます。勢至堂(本地堂)は法然の草庵があった地に建っており、入母屋造り・本瓦葺きで室町時代の享禄3年(1503年)の建立です。本尊は勢至菩薩坐像で鎌倉時代の作。(重要文化財)
東側(勢至堂に向かって右)には御廟下の小さな池に湧く「紫雲水」があります。法然上人が入寂の時、聖衆が来迎し紫雲がたなびいて水面に現れ、芳香が漂ったという言い伝えがあります。
紫雲水の隣に石段があり御廟まで登って行けます。
御廟は法然上人の遺骨を納めているお堂で、拝殿を通して参拝できます。
お参りして石段を下りてくると鐘楼と門が見えます。
桜と鐘楼
門を出て振り返って勢至堂を見た景色。
門を出ると墓地に至る門が左側と正面に開いており、右側に御影堂に至る長い石段の参道があります。
石段を下りて、境内から参道を見上げた景色。
御影堂(本堂)は、寛永10年(1633年)の焼失により徳川家光により寛永16年(1639年)に再建された知恩院で最大の建物。入母屋造・本瓦葺き、正面44.8m、奥行き34.5mで、法然上人の像を安置しています(国宝)。御影堂東側と桜。
御影堂と法然上人御堂(集会堂)とを結ぶ歩廊(鶯張りの廊下)
集会堂の玄関から庭園に下りた時に、正面に見えていた唐門(重要文化財)。
御影堂の東南の位置にある写経塔と経堂。経堂は、三門と同じ元和7年(1621年)に建てられたもので、宝形造本瓦葺きで裳階が付けられています。2代将軍徳川秀忠寄進の宋版六蔵経六千巻が収められています。
経堂の更に南側に池を挟んで納骨堂があります。
御影堂の南側に宝仏殿が建っています。平成4年(1992年)の建立で、寄棟造りの仏堂。内部に阿弥陀如来像と四天王像を安置しています。
宝仏殿の東側奥に大鐘楼に至る石段があります。
大鐘楼は延宝6年(1678年)の建立です。吊るされている梵鐘(重要文化財)は、日本有数の大鐘で、寛永13年(1636年)の鋳造です。
大鐘楼から境内に戻る途中に、丸山公園へ至る出口があり、桜と料亭があります。
境内に戻って、御影堂正面。
御影堂前から西側(三門方向)の景色。左から泰平亭、朱印所、多宝塔、手水舎、阿弥陀堂。
境内図再掲。
手水舎と多宝塔。
多宝塔の右隣りには阿弥陀堂があります。明治43年(1910年)の再建で、阿弥陀如来坐像を安置しています。
男坂の最上段から三門。三門は2代将軍徳川秀忠が寄進したもので、元和7年(1621年)の建立。入母屋造・本瓦葺き・5間3戸の二重門。現存する寺院の三門では最大の建物。
女坂の途中から、桜や椿越しの三門。
女坂の途中に友禅苑の入口があります。友禅染の祖・宮崎友禅斎ゆかりの庭園で、北の池泉式庭園と南の枯山水庭園で構成されています。北の補陀落(ふだらく)池には、高村光雲作の聖観音菩薩像が建っています。
順路に従って瀟洒な兎門を潜って、茶室「華麗庵」へ。
「華麗庵」の前には「琴流水」というせせらぎが流れています。
「華麗庵」の横を抜けて「白寿庵」へ。
「白寿庵」から下の「華麗庵」が見えます。
「白寿庵」とその前の燈籠と蹲踞。
「白寿庵」の前を抜けて、下の枯山水庭園へ。
順路の途中に「宮崎友禅斎の銅像」があり、その前辺りから三門の南側が見えます。
枯山水庭園「鹿野苑」。
「鹿野苑」から桜越しの三門の南側。
友禅苑を出て女坂を下って神宮通りへ。
2019年04月05日撮影