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mikke!

Novel Therapy『雲の上のMerry』

2019.04.21 14:20

『雲の上のMerry』
LIGHT 著

ヨーロッパの、海に面したとある街から空を見上げると、雲の合間になにか、小さい人影のようなものが見えるときがごくたまにある。

それは、幻ではなくて、本当に雲の上に女の子が住んでいたからだ。

彼女の名前はMerry、3歳。

いつも身にまとっている、ふわふわの白のワンピースが風にたなびく。やわらかな布がたくさん合わさってできた、どこかの民族衣装のような長いワンピースだ。

Merryのふわふわでやわらかいウェーブの栗毛も、生まれてから一度も切っていないから、風が吹くと背中まで長くたなびいている。

Merryはいつも雲の上にうつぶせ寝をして、雲の合間から、古くから変わらない美しい街並み、美しい海、清々しい山並みを見て過ごす。

海面にはたまに魚が上がってくるのが見えるし、クラゲも浮かんでいる。

山からは、白い鳥がたまにふらっとMerryの近くを通っては、ちらりとMerryを見るだけで、何も言わずに海のほうへ遊びに行く。

Merryも、そんな鳥にはとくにあいさつもせず、ちらりと見るだけでさよならする。

そんなMerryのすることといえば、いつも淡々と雲の下の世界を見ているだけで、少しつまらないな、物足りないな、とも淡々と思っていた。

そう思うのは、ずっとある物が心に残っているからだった。

ある物とは、雲の下の街で、住人の女の子がつけていた赤い花の髪飾りだ。Merryがやっと物心がついたころに、たまたま雲の上から見かけたのだ。

赤い花は直径6㎝くらいの大きさのレプリカだったが、とってもきれいな赤色だった。

雲の合間で白ばかりの世界にいるMerryには、その赤色がものすごく魅力的に見えた。

見た瞬間に、Merryは、これがものすごく好きだ、と直感で感じた。心の全部に鳥肌が立つような感覚で、色の可愛さにキュンキュンして、見ているだけで気分が上がった。

それを最近、物事が分かるようになってきて、「私もあれがほしい」と思うようになっていた。

しかし、Merryはどうしても手に入れられなかった。探しに行きたいけれど、もし雲から出たら、落ちてしまうのはものすごく怖かったからだ。

ある日の夕方、夕立で空が一気に荒れた。

いつもならMerryは、嵐が来るときはカプセルに入って身を守り、風に翻弄されながら嵐が去るのを待ってやり過ごしていた。

だが、今回はなぜかカプセルに入るのが間に合わず、強い風に体を持っていかれてしまった。

そして次の瞬間には、Merryは水の中にいた。海に落ちてしまったのだ。

海面に浮かびながらMerryは思った。

「なんだ、落ちたってどうってことないや。」

落ちるときにはあまり怖いと思う暇もなかったし、実際落ちてみたら、海水は意外と暖かく気持ちよくて、Merryを優しく包み込んでくれているようだった。

後から思えば、身を守るのが間に合わなかったのは、本当は風にでも飛ばされてどこかへ行ってしまいたいと思っていたから、自然とそうなったのかもしれない。

夕立が去った海に浮かぶMerryを、通りがかりの漁船が見つけ、拾ってくれた。

ずっと上から見下ろしていた街に降り立ったMerryは、身寄りがない子ということで児童養護施設に預けられることになった。

施設まで、大人に手を引かれながら歩くMerryには、道すがらの何もかもが新鮮で魅力的に思えた。

かわいいアクセサリー、おいしそうなお菓子、おもしろそうなおもちゃ……。

こんな世界に触れることができるなんて、夢のようだった。

施設についたMerryを、施設長のおばあさんが出迎えてくれた。とても優しい人だった。

何も知らずに育ったMerryを、施設長も施設のスタッフも温かく迎え入れ、身の回りの世話をしてくれた。

施設の子供たちともすぐに仲良くなって、Merryは雲の上での暮らしが嘘だったかのように楽しく暮らし始めた。

そうやって楽しく過ごしているうちに、雲の上での感覚や、赤い花の髪飾りのことも、Merryは少しずつ忘れていった。

施設での月日が過ぎたある日、施設長のおばあさんはMerryに話しかけた。

「Merry、あなたがここにやってきて今日で1年になるの。今日があなたの誕生日ってことにしない?

 誕生日プレゼントをあげたいの。何か欲しいものはある?」

Merryは悩んだ。「かわいいアクセサリーや服もいいけど、やっぱりおもちゃかなぁ……。」

少し考えているうちに、Merryは思い出した。ずっと、あの赤い花の髪飾りが欲しかったこと。

Merryは施設長に雲の上での暮らしのこと、そして赤い花の髪飾りがどれだけ気に入っていたかを話した。

施設長は驚いたが、Merryの申し出を温かく受け入れた。

施設のスタッフたちも協力して、赤い花の髪飾りを探した。

数日して、施設長はMerryにプレゼントの箱を渡して言った。

「あなたの欲しいもの、探してみたの。同じものではないでしょうけど、気に入ってくれるかしら。」

Merryが箱を開けると、確かに赤い花の髪飾りが入っていた。

もちろんあのときの髪飾りとは違うのだろう。それにそもそも、物心ついてすぐに見たものだったから、詳しく覚えているわけではなかった。

でも、箱の中の髪飾りを手に取って、Merryの心は確かに、ものすごくときめいた。

心の全部に鳥肌が立つような感覚で、可愛くてキュンキュンして、見ているだけで気分がすごく上がる赤色。

Merryは心から強く思った。「あぁ、これだ。この感覚だ。」

Merryが心からそう思った瞬間、Merryはパッと消えてしまった。

たくさんの布でできた白いワンピースだけが、その場にぱさりと落ちた。


追記・・

最初に空を見上げていた人たち:

 Merryが施設に行くまでに通った道の、お店の人たち

 お互いを知っていても知らなくても、ただそこにいるだけでかかわりがある。関係の濃さがどんなでも、Merryも店員も、かけがえのない登場人物だ。



Merryはその場から消えた後は:

 全くの無。心から味わいたかった感覚を味わえて、それでもう十分だから。