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Novel Therapy『ユロ、あたたかさと自性を知る』

2019.04.28 14:55

『ユロ、あたたかさと自性を知る』 
 madon 著


太平洋のちょうどまんなかくらい。暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい温度の海の底に、ユロという深海魚のこどもが暮らしていました。ユロが暮らす海はとても穏やかで、身の危険を感じることはありません。
そのため、群れることが苦手なユロはいつも親や仲間と適度な距離を保ち、一人静かに過ごします。たいてい、海の底の砂の上にゆったり気ままに横たわり、小さな黒い目を上に向けて、行きかう生き物たちを眺めていました。

海水は、底から上に向かって少しずつ明るい色に変化します。その色の変化は言葉では言い表せないくらい美しく、ずっと眺めていても飽きることはありません。晴れた日は、格別。水面に近い部分は光が差し込み、白っぽく輝いて見えます。その近くを、小魚の群れが通るたびにキラキラと光り、水泡がざわめき、本当にきれい。ユロはその光景がとても好きでした。いつかそこに行ってみたい。そんな思いが心の奥の方にあることに気付き始めていました。

ユロの身体は玉虫色。その色をとても気に入っています。深みもあり、ときに変化してみえる色は自分の性格にぴったりだと思っていたからです。そして仲間たちの色とちょっと違っている、という点もお気に入りの理由でした。仲間たちと違うのは色だけではありません。海面への思いも、です。親や仲間たちは海底で満足しています。いや、そもそも海面への憧れがないため、海底しか見えていないといった方が正しいかもしれません。いつか、あのキラキラしたところに行ってみたいと思うユロの気持ちを理解する仲間は誰もいませんでした。

「変なのかな…?」

そんな思いも生まれましたが、透明感のある水、光、太陽、そこに見える世界への憧れは、ユロの中で日に日に膨らんでいきました。


ある日、ユロは決心します。

「行ってみよう。」

これまであまり使ったことのない尾ひれを思いっきり動かして、ユロは上へ上へ泳ぎました。
その日は風の強い日で、ユロ以外の生き物はひっそりと姿を隠していました。誰もいないから行きやすいと考えたからでしたが、海水の流れも速く・・・半分くらいまで来たところで力尽きてしまったのです。

「やっぱりダメかぁ…」

諦めると身体は海底に下りていきます。そして、大きな行動を起こしたユロは、ぐっすりと深い眠りに落ちていきました。


そして翌日。目が覚めると、これまで見たことがないくらい、美しい光景が目に飛び込んできました。海底近くまで透明度は増し、生き物たちは活き活きと自由に泳ぎまわり、海面は白くキラキラキラと輝いています。

迷うことなどありません。

「行こう!」

ユロはそう感じた瞬間、思いっきり海底を蹴っていました。

上の方で泳いでいた生き物は、好きなように泳ぎつつもユロを見守るようにゆったりと道を開けます。

道を開ける動きが海水の流れを作り出し、ユロはその流れに乗ります。おかげで身体は難なく上へあがっていきます。そして、とうとう海面に目が出たのです。

太陽がユロを照らします。玉虫色の身体は、虹色に輝いていました。そんなユロの身体を銀色の小魚たちが支えます。銀色に虹色が反射し、ユロはこれまで見たことがない美しい光景だと感じました。同時に全てのあたたかさと、どこにいても「変わらない自分」を発見したのです。

「すべて、これでいい」

満たされる瞬間を思いっきり味わいました。

何分、何時間、海面に居たでしょう・・・一瞬だったかもしれません。

周りの生き物や海水や日差しに身を委ねながら、ユロは海底にゆっくりと下りていきました。海水の色の変化を体中で感じながら。



海底に下りたユロは、これまでと同じように砂の上に横たわって気ままに過ごします。何も変わらない日常に見えますが、ユロの心はずっと自由で軽やかです。ときどき、仲間や他の生き物と戯れることも楽しみながら。



おわり