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【アナザーテラー#05】ハロウィンパーティーの末

2019.05.08 15:00

New York Globe Telegraph 

1912年10月10日号


ベアトリス女史、ハイタワーコレクションの出品を否定


今月末にウォーターフロントパークで行われるハロウィンパーティーにおいて、オークションが同時開催される旨を記した広告が出回っていることに関し、主催のニューヨーク市保存協会会長、ベアトリス・ローズ・エンディコット女史がコメントした。彼女のコメントでは「今回行われるオークションは協会の活動資金調達のため恒常的に行われているチャリティ・オークションの一環に過ぎず、決してハイタワーコレクションを出品する意図が有るものではない」とし、同時に多くの人に誤解を与える表現であったと謝罪の意を示した。

ハイタワーコレクションといえば、かの有名な資産家であるハリソン・ハイタワー三世が世界各地から収集した文化的価値の高い品々だ。ホテル・ハイタワーに保管されているそれらが今回、オークションに出品されるとも受け取れる広告が数日前から出回り、話題を呼んだ。

しかしエンディコット女史によれば、オークションとは、協会が度々行っていた会員からの寄付を元手に資金を得るだけのもので、パーティーで御披露目をするハイタワーコレクションとは全く無関係なのだそう。

とはいえ寄付によって集まった品々はコレクションに負けず価値のあるものばかりなので、ぜひともオークションには参加して欲しい、と笑顔で付け加えた。


October 10,1912 /12:30:00 

New York Deli, Broadway 109


いつもはホテル・ハイタワーに関する資料を広げていたテーブルだが、今朝はコーヒーと新聞が一部、広がっているだけだ。

マンフレッドは見出しを眺めて苦笑を浮かべる。

(あいつ、怒られただろうな)

スメルディングを誘き出す、と不敵に言い放ったマークが一体どういうつもりなのかを知ったのは、ほんの数日前のことだった。

『ハロウィンパーティー開催 ついに陽の目を見るコレクションの数々!オークションを同時開催』

なるほど、とマンフレッドは思った。ハイタワー三世の存在の証であるハイタワーコレクションがオークションに掛けられてしまう。そうなれば、必ずスメルディングが行動を起こすとマークは考えたのだろう。説明はあったものの、オークションに掛けられる可能性がゼロではない以上、少なくとも、ベアトリスには直接、確認したがるはず。

マークは協会で広報をやっていた、とマンフレッドは記憶していた。

うまくいけばスメルディングが、パーティー会場に現れるかもしれない、ということだろう。

マンフレッドはコーヒーを飲み終え、カールッチビルの三階を見やる。 恐らく今頃、尋常ではない問い合わせに対応しているのだろう。ベアトリスが事務所から出てくる様子は無い。

一応気にしてはいるが、あれから彼女の周囲にスメルディングが姿を現したことはない──今のところは。


September 29,1912 /19:00:00 


「呪いの存在を知っていて、かつあの事件の目撃者であるという点で、君とスメルディングの立場は平等と言える。でも君が人々を呪いから遠ざけようとしたのに対して……奴は人々を危険にさらすことを選んだ」

 マークの言葉に、マンフレッドは頷く。

「そこで君は、わずかな目撃者をたよりにマンハッタン中を探し回ってるってわけ。僕だったら別の方法を考えるけど」

 マークが不敵に笑う。「思い付いたことがある」

「君を巻き込みたくない」

 何を今更、とマークは笑った。

「充分僕は深入りしてる」

 マンフレッドも苦笑する。

「それもそうだ」

 ところで、とマークはマンフレッドを見た。

「彼を見つけてどうするんだ? 話を聞く限りじゃ、仲良くなれなそうだけど」

「呪いの存在を認めさせ、ツアーを止めさせる。たとえ脅してでも」

「それじゃまず、ハロウィンパーティーの広報にちょっと話をしないと」

 何をする気だ、とマンフレッドはマークを見た。マークは短く答えた。

「──奴をおびきだすんだ」 

One day/--:--:--

The Hotel High Tower, Park Place 1


秘密の倉庫の奥深くに、アーチー……スメルディングは新たに居住スペースを構えていた。以前使っていた部屋はツアーの開始に伴って使えなくなっていた。薄暗い物置のような部屋で決して居心地のいい場所ではなかったが、他に選択肢がなかったのだ。水路が近いわりに湿気は少なく、偶像のある書斎までは少し歩くものの、客室を使うよりは都合が良い。

スメルディングは埃っぽい床に腰かけると、路上で受け取ったチラシを上着から出してぼんやりと眺めた。

『ハロウィンパーティー開催 ついに陽の目を見るコレクションの数々!オークションを同時開催』

ニューヨーク市保存協会主催、とある。スメルディングは眉をひそめた。

ベアトリス──ハイタワーに強い羨望の念を抱く女性に入れ知恵をし、ニューヨーク市保存協会を設立するまではよかったのだが、そこからどうも思わぬ方向へ向かい始めた。

(オークション)

コレクションを売りに出す気はない、とベアトリスは言っていた。だが、本当にそうだろうか。彼女に会って詳細を聞き出したい気持ちに駆られた。けれども、今の自身の状況を考えるとあまり迂闊には動けない。以前の居住スペースを退去したことも考えると余計に、だ。

(どうしたものか)

ひとつ、心当たりがあった。カミーラと名乗ったあの女。

夜中にスメルディングが倉庫を彷徨いていたところ、声を掛けてきた協会員。内密にすることを条件に、ハイタワーコレクションのひとつひとつを解説してやった。カミーラなら何か知っているはずだ。何となく、このパーティーにはあの女が関わっている……そんな気がしたのだ。 

October 10,1912/18:00:01

New York Deli, Broadway 109


何日か経って、マンフレッドはマークからハロウィンパーティーの題材について聞いた。どうやら仮面舞踏会をテーマにするらしい。ヴェネツィアを発祥とするこの形式のパーティーは、身分・素性を隠した参加者たちが仮面を着けて行うものだ。仮面によって模糊となった互いの認識は、参加者の行動や言動をより大胆なものにすると聞く。

仮面によって人の本性が現れる、という言い方をする者もいる。

とはいえ、今回のパーティーの参加者は必ず受付を通り、会場に入る前に身分を明かすため、ある程度の安全性は確保されていると言える。

「会長から司会進行の役を仰せ付かったよ。チラシに文言を一言付け加えただけだっていうのに、あんまりだ」

マークは言うと、テーブルに項垂れた。

「司会進行? それはまた、大役だな」

マンフレッドが他人事のように言うと、マークはそんな場合か、と渋面を見せた。

「おかげで僕はスメルディング探しを手伝えなくなった。悪いけど君一人で頼むよ」

ああ、とマンフレッドは頷いた。「ここまでお膳立てしてもらったんだ、なんとかやるさ。それよりいいのか、司会の練習もあるだろう」 

「よせよ。こっちの方が何倍も面白い」

「面白い、ね」 

「見てよこの、カボチャスーツ。酷いもんだろ」

言って、マークは衣装の絵を取り出した。ハロウィンらしく、オレンジと紫の配色が派手な衣装だ。

「……その、華やかだな」

「おまけに組むのはカミーラときた」

それだけでも憂鬱だ、とマークは苦笑した。


 October 29,1912/13:55:00

New York Deli, Broadway 109


ハロウィンが近い。

明るく、暖かな日差しに包まれた季節が終わりを告げ、薄暗い、肌寒い季節がやってくる。古代に生きた人々はこの時期に、現世と霊界の境界を越えた「魔」が、先祖の霊と共にやってくると信じていた。

そして、その「魔」を祓うために仮面を着けたとされている。

 ホテルの前では、コレクションを運び出す協会員たちがせわしなく往来していた。両手で抱えられるものならばまだいいが、中には10人がかりで運搬する彫像もある。

 広告効果を狙ってか、協会員は皆仮面をつけて作業に当たっている。

コレクションは準備のために閉鎖されたウォーターフロントパークへ搬入され、ハロウィンの装飾とともに公園を彩った。

「ほんとうに来るんですか、その……アーチーって人」

公園脇のベンチで、後輩記者のボブキンズと共にマンフレッドは搬入の様子を眺めていた。

「正直に言ってわからない。だが、このパーティーが奴にとっていち大事なのは確かだ」

「コレクションが競売に出されるかもって話ですか」

マークが仕掛けた広告にスメルディングが乗るかは定かでない。それを確かめるために、本当を言えばマークの助けが欲しかった。しかしマークがパーティーの司会となる以上、今回ばかりはボブキンズの助けを借りるより他ない。

「……と。あれは会長ですかね」

司会が立つステージにベアトリスの姿が見えた。仮面を着けていたが、白のドレスに見覚えがある。

あのドレスは、協会発足の日のスピーチで彼女が着ていた。

ステージに上がり、案配を確かめる彼女の姿を目で追う。

と、ステージの脇にも見覚えのある人影があった。仮面を着けた、天然の金髪の男。

「悪い、少し待っててくれ」

マンフレッドはボブキンズに言い残し、協会員のもとに駆け寄る。

「マーク」

言って、マンフレッドははっとした。ステージを見ていた彼は振り向き、仮面を外す。──別人だった。

「ああ、申し訳ない。人違いだ」

彼の名札には「マスカーラ」と書かれている。上背や雰囲気が似ていた。彼はいえ、とマンフレッドに返し、そそくさとステージ裏の暗闇に消える。

「知り合いですか」

後ろからボブキンズが来ていた。マンフレッドは首を振る。

「どうやら人違いだ。仮面越しだと、誰が誰やら」

「ちょっと。そんなんで当日、アーチーの奴を見付けられるんですか」

「いれば分かるさ……たぶん」


October 31,1912/19:35:00

Water Front Park, New York


パーティーが間もなく始まる。

招待客は先にステージの近くの席をとり、残りのテーブルを一般客が順番に埋めていく。マンフレッドが通信社のデスクに向かって帳面をためつすがめつしていたせいで、社を出たのが夕刻になった。

見上げると、ひらけた公園の空をコウモリが飛び交っていた。

マンフレッドは報道関係者として先に会場にいたボブキンズと合流した。

「活気がありますね」 

ボブキンズが感心をあらわにしている。

公園を囲むようにハロウィンのカボチャの飾りが並び、ロープの簡単な柵で囲まれたハイタワーのコレクションが設置されていた。ステージの上にも、ハイタワーコレクションが並んでいる。園内にいくつも置かれた丸テーブルに乗った、装飾用の花々と料理。

芳しい料理の香りと明るい照明の中を、高揚した面持ちで流れていく男女達。そのいずれの顔にも仮面が着けられていた。

「今回ばかりは、ウェイターは勘弁してほしいね」

マンフレッドの軽口に、ボブキンズは苦笑した。

言いながらも、マンフレッドの眼は会場の隅々までをも見回していた。ふいに、青い鮮やかな仮面を取り出し、会場へ繰り出す。

「ちょっと見て回るよ」

「え?ストラングさん、なんすかその仮面。え、え?」

「今日のために用意した」

ドレスやタキシード、雑踏の間を縫うように移動し、マンフレッドは周囲の人々に眼をこらした。協会員たちが、照明にゆっくりとヴェールを被せるのが見えた。

会場が薄暗闇に包まれる。

「皆様、ハロウィンフェスティバルへようこそ!」

ステージの上から男の声がした。目をやると、そこにはカボチャスーツの男女が二人、ステージの上に立っていた。

「我々は本日の進行を務めさせて頂きます、ニューヨーク市保存協会のマーク・オーメンと」

「カミーラ・カーメンです」

「どうぞ、よろしく」

会場に拍手が流れた。

マンフレッドは苦笑した。存外、さまになっている。あれほど厭がっていてカボチャの衣装を着こなし、凛とした佇まいで司会の挨拶をしていた。

案外、そういうものなのかもしれない。

すぐに視線を戻し、再びマンフレッドは周囲の人間に眼を光らせた。マークの司会ぶりに興味が無かった訳ではないが、今はやることがある。

ステージでゲストの紹介が始まった。

会場の隅まで来た時、マンフレッドはふと、違和を覚える男の姿を捉えた。

連れはいない。

事務職然としたスーツの老人がひとり、ステージを見ていた。食い入るように見ているようで、どうも眼だけは周囲の様子をしきりに気にしている。仮面の向こうにある、細い目。すぼめたような小さい口の上には、かろうじて整えられた風の髭が生えていた。

(あの男は)

マンフレッドは近付いた。男がこちらに気付く。マンフレッドは一瞬の逡巡の後、声を掛けた。

「すみません」

少しのあいだ目が合った。

が、すぐに男は身を翻す。会場の出口へ向かっている。

「待て!」

マンフレッドは駆け出した。

October 31,1912/19:42:42

Delancey Street, New York


アーチーは会場を出ると、ますます足を速め、すぐ脇の小道へ曲がっていく。アーチーの曲がった道へ駆け込むと、さらに先の角を曲がっていく姿が見える。それを追い掛け、角を曲がり、マンフレッドは足を緩める。

小道の先は休業中のニューヨーク・デリの入口。

行き止まりだったのだ。

「アーチー」

肩で息をしながら、マンフレッドは言った。

アーチーは仮面を剥ぎ、扉を背に持たれながら、懇願するような顔でこちらを見た。

「わ、私が、何をしたというのだ。君はいったい━━」

「あのツアー」

マンフレッドはアーチーの言葉を遮る。「あなたの指示で行われている、ホテルツアー。あれはいったい、どういうつもりで」

マンフレッドの言葉に、ああ、そうかとアーチーは眼を見開いた。

「そうか……そういうことか。君は、あの時の」

「ええ。ウェイターですよ。13年前のホテルにいた」

「嗅ぎまわっている記者というのは君だったか。さすがに随分と、事情に詳しいんだな」

「あんたをずっと探していたんだ、アーチボルト・スメルディング。私の姿を見て逃げ出したことからも、ある程度は追われる心当りがあるようだが」

マンフレッドの言葉に、アーチーは苦笑した。

「歳なのでね。後ろ暗いことの一つもあるさ」

「それはそうだろうね。ニューヨーク市民の多くを、危険な偶像の呪いに晒している」

呪い、という言葉にアーチーの表情が強張った。やはり、とマンフレッドは思った。

(やはり、虚妄などではなかった)

呪いは実在したのだ。だとすれば。

「お前はあの夜にあったことの一部始終を知っている。ならば何故。いったい何の目的で、あのツアーを開かせた」

無知なベアトリスを傀儡のように利用し、ニューヨーク市民を危険に晒した。その目的は何なのか。

「……ふん。何を言うかと思えば。偶像の呪いなど、存在するはずがない」

アーチーは口の端を歪めて笑う。いつかのハイタワー三世のように。

と、再びアーチーの顔が強張った。目が泳ぎ始め、体ががたがたと震えている。

「……どうした」

「ち、ち、違います!あなたのお力を否定するつもりは無いのです!お許しください!」

アーチーの言葉にマンフレッドは眉をひそめる。支離滅裂な内容だが、この様子には見覚えがある。

(あのときの、キブワナと同じ)

アーチーは今、見えない誰かに恐れを抱いている。

「うわぁぁぁぁ」

ふいにアーチーは駆け出した。マンフレッドは突き飛ばされ、その場に倒れる。

「くそっ」

すぐに身を起こすが、袋小路の入口までアーチーは辿り着いていた。逃がすものか、と思った時、アーチーの体を壁に押さえ付ける、別の人影があった。

「やっと捕まえた本星を手放すなって!」 

月明かりに照らされたその顔を見て、マンフレッドは眼を見開いた。逃げたアーチーを捕まえたのは、マークだった。

「マーク、何してる。パーティーは」

「そんなことより」

マークはアーチーを示す。

「訊きたいことを訊くのが先だ」

「それはそうだが」

「なぁ、アーチー」

マンフレッドが訊く前にマークが言った。

「あのホテルを使って、きみは何かをしようとしている。ツアーはそのためのものだ。そうだな」

アーチーは見開いた眼をマークに向けたまま、小刻みに頷く。

「ようし。いったい何のためだ」 

アーチーが何かを言いかけ、襟首を捉えるマークの腕を数回叩いた。

「あ、ごめん」

マークがアーチーを解放した。

アーチーは数回咳払いをして、顔を伏せたまま、二人に向き直る。

「まさか、新手が来るとは」

そのまさかはマンフレッドも同じだった。アーチーは伏せた顔を上げる。神経質そうなその目が、月の光を反射した。

「私の目的はな。あのホテルに囚われたご主人様……ハイタワー三世の魂を解放することだ」

「何、だって」

マンフレッドには、アーチーの言葉の意を汲むことが出来なかった。

「あのホテルに囚われたご主人様を助け出すには、偶像……シリキ・ウトゥンドゥの生け贄となる魂が必要なのだ。そして幸い、このニューヨークには替わりとなる者がいる。いくらでもな」

アーチーの物言いに、マンフレッドは悪寒を覚えた。ツアーを始めた動機としては幾分納得できる部分もあるが、その理屈のようで理屈でない、狂気じみた理論。

「そんなことが可能なのか」 

アーチーはマンフレッドを見返す。

「何か不都合でもあるのか」

「不都合でも、じゃないだろう」

そんな不合理な理屈のために、今までいったいどれだけの人間が危険に晒されてきたのかを考えると、不都合どころの話ではない。そして、本当に可能なのだとしたら。

その時。

マンフレッドらの立つ袋小路に、突風が吹いた。うわ、と声をあげたマークが眼を押さえる。

「ひゃっははははは!」

笑い声を、聞いた気がした。可笑しくてたまらない、という声。顔を伏せたマンフレッドは息を呑む。……これは。

「ひ、ひいぃ」

アーチーが駆け出す。追おうとするマークを、マンフレッドは制した。突風は止まない。通りの看板がばたばたと音を立てている。アーチーは夜の闇に消えてしまった。

すると、突風が止む。異様な静けさが通りに満ちた。

「ねぇ、今のって」

マークが口を開く。マンフレッドは無言で頷いた。意を汲んだように、マークは重く息を吐く。

偶像が笑った、としか思えなかった。邪魔立てすれば只ではおかない、ということか。あるいは、アーチーに何らかの意思表示をしたか。

ふいに、マークがマンフレッドの腕を引く。

「……帰ろう」

促され、マンフレッドはああ、と短く答えた。


November 1,1912/12:15:00

New York Deli, Broadway 109


「それならそうと、言ってくれればよかったものを」

 マンフレッドが言うと、マークは苦笑した。

「言ったところで、君は納得しないだろ。マーク・オーメン役の替え玉俳優を雇うだなんて」

 当たり前だ、とマンフレッドは渋面でマークを睨む。

「しかし参ったな。昨日の事は、いくらなんでも記事にはできない」  

「正気を疑われるだろうねぇ。クビになるかも」

「他人事のように言うが、あれを知ってしまった以上、君にも考えてもらうからな。ホテルツアーを中止にする方法を」

「はいはい」

気のない返事をして、マークはコーヒーを飲んだ。

「正式に、コンビ結成ってことで」

「いや、そうは言っていないが」

「ねぇ、聞かないの? 僕の替え玉が誰なのか」 

「ん? ああ、そういえば、君に上背の似た若者を見かけたな。名前は確か」

「ミケーレ・マスカーラだ。よほど気に入ったんだろうな、来年は自分の名前で司会をやることが決まったよ」

マスカーラ。確か、あの男はそんな名前だった。

「君の組織では役割を放棄しても糾弾されないのか?」

「糾弾されるよ。僕じゃなければね」

マークはコーヒーを飲み干し、立ち上がる。

「会場を片付けてくる。なんでも昨日は酔って暴れた客がいたのか知らないけど、パークがひどい有り様なんだ」

ああ、とマンフレッドは頷いた。

「ボブキンズから少し聞いたよ。おまけに、そうなるまでの経緯を、誰一人覚えていないらしいな。まったく奇妙な話だ」

マークがくつくつと笑う。

「ハロウィンの魔法かな」

「……振り出しか」

マンフレッドは店を出る。多くも少なくもないブロードウェイの人通りを眺め、マンフレッドは溜め息を吐いた。

アーチーはまた行方を眩ませ、ツアーは続く。しかし、何より今までと違うのは、ツアーの恐るべき目的を知ってしまったことだ。

ニューヨーク中の人々の魂と引き換えに、このホテル・ハイタワーにハイタワー三世を再び降臨させる。そのことを知っているのは自分たちだけなのだ、と思うと、とても荷が重く感じた。

社に戻ろう、と歩みを速める。ふいに、グローブ通信の方から駆けて来るボブキンズと目があった。

「あ、いたいた。何やってるんですか!」

「どうした、あわてて」

「今朝のホテルツアーの客で、緑の雷を見た、という人が現れたんです」

「──まさか」

「でもツアーの記憶が無いみたいで。今から取材のアポが取れたんで、行きましょう!」

ああ、とマンフレッドは頷き、先を行く後輩を追った。

──呪術や魔術などは廃れて久しい、二十世紀のニューヨーク。その存在を証明することは難しい、とは理解している。

しかし、少しずつでもいい。

人々に知らせなければならないのだ。


   ── ホテル・ハイタワーは、呪われている。

もうひとつの物語「アナザーテラー」著者:ハロウィン街の幽霊