Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

たくさんの大好きを。

君がいる場所 (文

2019.04.29 14:31

はじめに(*´-`)


少し現実離れしたお話になってます。

苦手な方はスルーお願いします🙏







瞬間、意識が沈んだ

体が散らばっていくような感覚と、底へ底へと沈んでいく感覚に交互に揺られながら、指先のふわりとした感覚を最後に手放し弾けた



「な、、に?、、、」

ブラインドから差し込んでくる光に頰を打たれ、ゆっくりと瞼を開き周りをぼんやり眺めていた香が少しの戸惑いを含んだ声で呟いた。

見慣れた風景、、のはずが何か違和感を感じ胸がざわついていく。

「あれ、、?」

握っているタオルケットを凝視して、慌てて起き上がりベッドの上に座り込む。

弾けるように顔を上げキョロキョロと落ち着きなく部屋を探っていく。


同じベッド

同じブラインド

同じ風景


ピタリとピースがはまる場所を確認し安堵しながらも、感じていた違和感に心臓がドクリと跳ねる。


「こんなタオルケットなかった、、よね?

ここ、、?獠の部屋、、だよね。

あれ?でも、、。」


そもそも獠の存在が五感のどこにも感じられない

硝煙や煙草の香りさえも。 


転がるようにベッドから離れ、側にあったクローゼットを勢いよく開けていく。

五月蝿いぐらいに胸を叩く旋律が跳ね上がっていく。

「なん、、で、!?」

あるはずのないものの存在が視界に飛び込み、

くらりと目眩を覚え、左右に頭が揺さぶられる感覚に立っていることもままならず、香はその場に座り込んだ。

「獠、、どこ、、?」


これは夢?

夢なら覚めて

無意識にきつく床に爪を立てる。

爪先に感じる無機質な感触に色のない現実が突きつけられるが、行き場の無い焦燥感を振り切るようにふらふらと立ち上がり部屋を後にした。




カラン。

とカウベルが上下に跳ねる。

躊躇う気持ちとはやる気持ちに揺られながら、キャッツのドアを開けた香は、姉のように慕う優しい眼差しを視界に捉えると、駆け出すように近づき問うた。

「美樹さん、美樹さん!

どうして獠がいないの?どうしてこんなに、、」

「か、香さん??、、なに、、言ってるの?」

驚きの表情の美樹の顔がみるみる切なく歪んでいく。

どうしてこんな顔をするの?ーー

香の心臓が体の中から弾けそうな程に早鐘を打っていく。


あれから、キッチン、リビング、浴室、屋上、地下まで縋るように痕跡を探し続けたが、突きつけられたのは過去の残像ばかりで、今に繋がる獠の温もりが何一つ感じられない。


キッチンで洗い上げられているマグカップは見覚えあるものとは違っているが、一つだけぽつんと置かれていた。

いつものように頭上にある扉を開け、コーヒーミルを取り出すとしばらく使われた痕跡のない様子に、その意味するところに辿り着くことに香はぼんやりと思考を手放していった。


リビングのソファに体を沈めながら、幼子のように膝を抱えて丸まり、数日前の記憶に想いを馳せていく。


「痛むか?」

「大丈夫。」

「ったく。無茶しやがって。」

 

少し不機嫌さを含んだ声がちくりと痛い場所に刺さり、香は無言で俯いた。

しんと静まり、夕暮れの仄かな薄暗さを纏うリビングには手際よく処置を施していく獠の姿と、顔を逸らしながら左腕を差し出す香の姿が浮かんでいる。

ほんの一瞬の隙だった

閃光弾が放物線を描き、群れていた敵の真ん中に打ち込められた後、いつものように獠が慣れたように1人また1人と沈めていく。

最後の1人が床に沈んだのを確認すると、安堵の気持ちで香が振り向いたその瞬間ーー

「香っ!!」

鋭く届いた獠の声に重なるように

ドンッ!!

と鈍い音と共に黒い塊が香の側面に飛び込んできて脇腹に鈍痛が走り、塊と共に香の体が壁に弾け、飛んだ。

ガツッ!!

鉄筋コンクリートの壁に、2人分の重みで加速した勢いのまま香は体を打ち付け、頭部と左腕を同時に激しく強打し

「くっ、、、、」

と痛みでくしゃりと顔が歪んでいく。

だらりと投げ出された左腕は力なく重心を下に落としたまま思うように動いてはくれない。

後頭部にはズキリと不快感極まりない鈍痛がキュウキュウと絞り出すように頭を支配していき、徐々に瞼の上にまで痛みは移行していった。

 「よくもやってくれたな!!」

塊でしかなかった黒いソレが足元から這い出し、香の左腕を掴み上げギリギリと締め上げていく。

「きゃあああ!!」

強打した場所を骨に食い込んでいくような感覚を覚えるほど強く更に締め上げられ、思わず香は悲痛の声をあげた。


ガツン!!

瞬間、黒い塊のソレが宙を飛んだ

「ぐあああああああ!!!」

「俺のパートナーに何やってくれてんだか。」

「獠っ、、、」

茶化すような口調とは裏腹にその瞳は陰が色濃く差している。

一切の加減もなしにダン!と右足を転がりうずくまる男の左腕に振り下ろした。

漆黒の黒い瞳は闇の色だ。

闇は深くそして何処までも堕ちていく。

「あああああああ!!!」

そんな叫びなど聞こえないとばかりに闇は深く深く潜り込んでいく。

左右に足を揺らされ、コンクリートの壁に囲まれた廃ビル同然の場所に木霊のように男の咆哮が響き渡った。

「獠!大丈夫だから!獠!」

「あん?大丈夫じゃねえだろうが。」

「獠!!」

鈍痛に満身創痍な体をゆらりと傾けながら、戻ってきてとばかりにふわりと両腕で香は獠の背中を包み込んだ。

ぴくりと一瞬の硬直を感じて、背中越しに香は獠の顔を覗き込んでいく。

綺麗ーー。

何故だかそう思えた

漆黒の瞳の黒の淡い場所が揺れるそれを

綺麗だと思った。

綺麗だと思ったの、獠。

「、、、なんだよ。」

訝しげな表情で獠は香からフイと瞳を逸らす。

「勝手にどこかにいっちゃわないでよ、獠。

あたしは大丈夫だから。」

「行ってねーよ。バカ。」

「、、いいけど。獠は獠だから。」

獠が驚いた顔で視線を香に戻す。

「おまえ、、嫌じゃないのか?、、」

どうしてこんなにも不安そうに瞳を揺らしているんだろう

突き抜けるような感情に揺さぶられ、思わず再度ギュウと柔らかな強さを腕に込める。

回した腕に温かな温もりが重なった。

「おまえ、手ぇ冷たいだろーが!」

「だって外だから。」

「体だってこんなに冷えてるだろーが!」

「だから外だから。」

至極真面目な様子の香を、ぽかんと呆けた顔で見やり、右手で顔を覆いながらはああああと盛大に獠がため息をついた。

気を失い転がる黒い塊に一瞬ちらりと視線を落としながら、香の方に向き合うと

「腕、動かしてみろ。」

とぶっきらぼうな口調とは裏腹に、壊れ物に触れるかのようにそっと香の腕を持ち上げる獠の揺れる瞳には心配の色が色濃くにじんでいる。

「つっ!!、、大丈夫。平気。」

「、、大丈夫じゃねえだろうが。アホ、こんな時まで強がるな。香、頭はどうだ?」

「大丈夫。もう痛みはないから。」

「そうか、、」

安堵の表情を浮かべながら、立てるか?と問いかけ頷く香の腕を取り、捕まってろよ。と告げゆっくりと歩き出す。

また足手まといだ。とさっと香の心に影が走るが、言葉の裏に隠れた自身に向けられた労りに、謝ることも憚られて「ごめん。」と声にならない声で呟くしか出来ずにいた。


ソファに丸まりながら、香は左腕を見つめる。

「これ、、」

数日前に負った傷は打ち身と擦り傷で、もういいから!と言い放つ香の言葉など意に介さず、

毎日毎日丁寧に獠が処置を施していた。

この記憶は間違っていない

だったらどうしてまるでどこにも感じられないんだろう

浴室のタオルは洗濯機には一枚分だけ放り込まれていた。歯磨きは使っていた覚えがない違うメーカーの歯ブラシが一本ぽつんと置かれていて。

いつもなら硝煙の匂いが色濃く残る地下の射撃場も、微かな残り香さえも辿ることができなかった。

散らばったパズルのピースはどこ?

ピースを合わせた先の答えはあまりにちぐはぐで、獠がいないという事実とより同じぐらいに

重ならない過去と今のジレンマに香の思考はショート寸前になっていく。

左腕をきゅうと握りながら僅かな可能性を願い、見慣れたあの風景を求めてそろりと香はソファから起き上がり、ゆるりと首を振りながら僅かに肩を揺らした。



香さん、香さん!


耳元を美樹の焦る声色が掠め、ぱん。と意識が引き戻されいく。思考が場面場面で散々し、夢のような浮遊感を時折感じるのは何故なのかーー

「美樹さん、、、教えて。獠は?どこにいるの?」

「香さん、、、それはーー。」

無言で香を見つめながら、刹那の表情はゆっくりと穏やかなものに変わっていく。

カウンター越しに両の手で香の両手を包み込むと美樹の言葉にならないぬくもりの温かさに、自然涙がはらはらと零れ落ちていく。

「美樹さん、、あたしなんで泣いてるの?」

ぎゅっと温もりを分け与えながら

「例え今は忘れたとしても、香さんの心が冴羽さんの全部を覚えているからよ。」

儚く哀しく美樹が笑う。

「全部?」

「そう、全部。一緒にすごした日々もいなくなってからの日々も全部よ。」

「、、居なくなって、、?」

「ちょうど一年前よね。あの船の爆発後から冴羽さんの銃は見つかったけど、冴羽さん本人は結局、、、」

美樹の瞳に水面が揺れる。

爆発ーー?銃?

感じていた違和感が一つカチリとピースにはまり、その事実に震える手で美樹の手を握り返し縋る。

「獠の、、銃が、、クローゼットに、、美樹さん、美樹さん、、、」

だってそんな事実はあたしは知らない。

「美樹さん、、見て!これを見て!あたしのこの左腕は獠が毎日毎日、もういいよって言うのに全然聞いてくれなくて、それで!こうやって!、、、これは獠だよ!獠なの!!美樹さん!」

「香さん、、、」

ぐしゃりと顔を歪ませた美樹が、違う違うとばかりにふるふると首を振りながら香に伝えていく。

「いつの間にこんな怪我、、、香さん、何があったの?誰かに何かされたの?」

「だから!依頼の後にドジ踏んじゃって、獠が助けてくれてーー、それでーーー。」

「依頼?」

「うん、2人で依頼を受けてーー。」

「香さん、、、聞いて。」

嫌だ。聞きたくない。

「冴羽さんはね、、もう、、」

喉の奥に沈殿物が溜まったような吐き気を覚え、両手で耳を塞ぎ俯きバリアを張る。

嫌だ嫌だ。こんなのは嘘だ。

だってあたしは覚えてる。獠の伝わる熱も不安そうに揺れた全ても。

「香さん!ちゃんと私を見て!!」

頰を挟むその手の力強さに驚きながら、緩むことのない美樹の手のひらに、流れていく涙の意味がこれは現実だと告げていた。

「冴羽さんはね、もういないのよ。香さん。」


色のない世界が降りてくる。

手放した意識と体の自由はドサリという音ともに床に沈んでいき、

「香さん!!!」

切り裂くような美樹の叫び声だけが僅かに鼓膜を震わせていた。



かおりーーかおりーー


沈んでいた意識が名を呼ぶその声にふわりと浮上していく。

誰?アニキ?、、違う、その声はーー

「香さん!?気づいたの?香さん!」

「、、美樹さん??、、あたし、、今、、」

「香さん、どこも痛みはない?びっくり、、したんだから!急に倒れるから、、」

抱きしめられた腕から胸の音から震える声から、美樹の安堵の気持ちが伝わり、

「美樹さん、、ごめんね。」

とその胸に深く顔を埋めていく。

「ううん、私の方こそごめんなさい。もっと時間をかけて伝えるべきだったわ。あなたが二度も辛い目に合わないように、、」

「二度?」

腕の中から体を少し離して、香は問いかけた。

「そうよ。半年くらい前からようやく笑顔も見せるようになっていたあなたに今更またあんな顔させちゃうなんて、私冴羽さんに怒られそう。」

泣き笑いのような顔で美樹が見つめる。

「半年前?私、半年前には笑うようになってたの?」

獠がいない現実に半年で対応できていた自身が想像できず、半信半疑で美樹に問いかける。

「ええ、それまでは笑うことを忘れちゃったみたいに、見ているのも痛々しいぐらいだったのに、半年前ぐらいからかしら。ある時すごい勢いで店に来て、冴羽さんがねちゃんといてくれるんだって嬉しそうに、あんまり綺麗に笑うもんだから、そうなのね。いつもあなたの心にいるのよね。って話したのよ。」

「あたしが、、?そんなことを?、、」

「ええ。でもね、そうじゃないんだけどなあとかなんとか色々呟いてたから、そこは私も香さんには香さんの感じ方があるわよね。って特に触れないままだったわ。あれ、どういう意味だったのかしらね?」


ここにいるあたしと、美樹さんが知っているあたしの何かが重なり合わない。

わかっていることは、記憶に残る過去は鮮明で決して夢なんかじゃないってことだけだ。


「、、あ!美樹さん!そうだ、あのね、

獠!獠ね、額の上の生え際に傷があったの覚えてる?ソニアさんの依頼で海坊主さんと、、」

戸惑うように視線を合わせ美樹が答える。

「ソニアさん?依頼?何言ってるの、香さん、、、ファルコンと?何があったっていうの?」


重ならない現実

獠がいる世界といない世界

どちらが夢でどちらが現実か

どちらも夢か、どちらも現実か

混乱する頭の中で振り子がゆらゆらと揺れていく


「あのね、、獠はちゃんといるの。美樹さん。」

美樹にではなく自身に言い聞かせるように、ぽつりぽつりと香が呟く。

無言のままじっとこちらを見つめ美樹が頷く。

「ちゃんといるの、美樹さん。」

「そうね、、香さん。」


今はそれでいいと思った。

いつかいつか、その想いが少しでも想い出に変われるなら、あなたが違う未来に歩いて行けるなら、私はそれまであなたを見ていきたいと願うから。

「こんなひと、置いていくなんてあなたバカよ、、」

囁くように呟いたやり場のない想いは、香の耳に届くことなく、淡く消えていった。


あれから、泊まっていってと渋る美樹の静止を振り切り家路を急いだ。

あたしが言ったという獠のいる証はどこ?

考えうる場所全てを探っていくが何一つそれらしきものは見つからない。

ふとリビングのサイドテーブルに視線を走らせると綺麗に飾られたドライブーケの花束が鎮座していて何故だか香は目を離せずじっと見つめていた。


「これ、、、、?」

記憶には何も触れるはずのない、小さな花束に揺さぶられるこの想いはなんだろう。



「あー、これなあ、、、おまえの誕生日に俺がやったのを後生大事にしやがってドライフラワーにまでして飾ってんの。おまえが。」


「、、、は???」

ナニコレ。ソラミミ?


「だから、俺がおまえに。」

「だ、だ、誰が誰にーー!!?」

「俺がおまえにって。何回言わすんだ、アホ。」

からかうような声色も、アホ。って呟くその声のトーンだってーーーー

まさか。と振り向いたその先に少し仏頂面で壁にもたれながら、その瞳はどこまでも優しく香を包むその存在に、気がつけば駆け出し跳ねて、その懐に抱きつき全てを委ねた。


「な、な、な、な、」

「な?」

「なにやってたんだああああ!バカァ!!」

 ドンドンと力の限り胸を激しく打つ。

「や、やめろ香!!なんだぁ?おまえ、俺が見えてねーのか!?」

「み、み、見えて!?ゆ、ユーレイ!!!?

おばけーーーー!!!あ、あ、足、あしあるじゃない!」

「あのなあ、、そんなの足があるやつもいるだろ?発想が古いんだよ、香ちゃん。」

理性の幅をメーターが振り切り、ぐるぐると目眩のように頭の中が波打っている。

「!!?!?、、、、うわああああ!?!

な、なんで?あんた、も、もしかして!!やっぱり!!、、」

みるみる香が涙声になり、止まることなく温かいものが頰を伝っていく。

「バカァ!バカァ!!なんで!なんで!!」

置いていかないで

アニキを失ったあの雨の日に重なる想いは

もういらないから


「、、泣くなよ。」

困ったような表情の獠が親指でそっと香の涙を掬う。

「泣いてないわよ。」

「、、泣いてるだろうが。全くほんと素直じゃねえやつ。」

触れる手の甲はひんやりと冷たく、いつも高めの体温の獠とは違う温度差に、はっと顔を見上げその瞳を覗き込めば、深い海のようなその青さに、

「りょお、、、」

と知りうる何かに縋るように瞳の奥のあの

懐かしい色を探していく。


「どうした?やっぱ今日のおまえ変だぞ?」

「今日の?獠はずっとここにいるの?」

「なんだあ?いるだろうが。半年前におまえが始めておれを見つけた時からずっと。

あの時のおまえも今みたいに騒いでただろ?

おまえ覚えてないのか?」


覚えていないんじゃないの。

忘れてもいないよ、獠。


言葉にならない想いは紡がれることなく喉の奥にかき消えていく。


「獠は今どこにいるの?」 

「ここにいるだろ。」

「そうじゃなくて。」

香の言葉が真っ直ぐに貫く。迷いなく。

「今日はえらく勘がいいな。香ちゃん。

さあな、、、俺にもわからん、、、」

寂しそうにその背中が揺れる。

「消えちゃうの?」

否定を求めるように頭を深く胸に埋めていく。

冷たいーー。

けれど胸の中は溢れるほどの温もりで満ちている。

「ばーか、消えるかよ。俺はまだもっこりちゃん達と楽しいことたくさんするんだから、消えてなんかいられるか!」

大げさなぐらいに身振り手振りで答え、ニヤリと獠が笑う。


獠、変わらないね

嘘をつくときのあなたの癖は

気づいてる?あたしは気づいていたよ

そうやって全部呑み込んできたあなたに


丸い瞳から、溢れ落ちそうになる雫を刹那の瞳で獠が見つめ、溢れ出すその前に泣くな。とばかりにきつく抱きしめる。

「冷たいだろ、ごめんな。」

どこまでも優しく響く低音のその声に今は揺られていたいと願う。

「冷たくなんかない!獠は獠だよ!行っちゃやだよ、獠。置いていかないで。」

きっともう1人のあたしも泣いている。

「、、置いていくかよ、、、」



あの日、砕けて散っていきそうな意識の塊を必死で繋ぎ合わせたのは誰の為か

そんなのはもうとっくの昔に気づいていた

生きる意味に

守りたい何かに

その全てが誰にも渡せないと気づいているから



気づけば光の先に1人うずくまり名を呼びながら泣いているおまえを見つけたんだ

おれの居場所はここだから

生きる意味もここにしかない

願う心で手を伸ばせば、弾ける閃光と共に押し出されるように震える背中に辿り着いた。



なあ香

夢を見るんだ。

こんな体なのに夢なんて笑えるけれど、

気づけば俺は見渡す限り白い部屋の中の白いベッドの上に声も出せずにただ眠っていて。

時々、浮上した意識の中見える景色が窓越しに広がる青い青い地平線で。

あの先のどこかにおまえがいるのかとまたゆっくり眠りにつく夢なんだ。


かおりーーかおりーー


パチン

頭の中で何かが弾ける。

急激に香の中に様々なビジョンが流れ込み

「わあああ!!」

と処理できない感情の流布にロングコートを握り締める手が小刻みに揺れ徐々に指先の感覚が薄れていく。

「香!?」

「獠、、そこにいるんだね、獠。

あたしが必ず見つけるから。絶対に探しにいくから。お願いだからあたしにそれを伝えて!迷わないで。諦めないで。

離れなきゃなんて思わないで。

獠!!」

「なに言って、、何言ってんだ?香!?

あれは夢だろ!?なんで、おまえ、、?」


夢じゃないよ

ずっとあたしを待ってる


「獠、お願い。ちゃんと伝えて。」 

冷たい頰にそっと触れ、その愛おしさに込み上げてくる感情を獠の瞳にぶつけていく。

「香?おまえは、、違うのか?、、

俺の香はどこにいる?、、、」


ちゃんといるよ。ここに帰ってくるから

だからあなたも生きることを諦めないで 


掠れていく視界の中、その胸に再度頰を寄せ、大丈夫だよと香が小さく囁く。

 一瞬の躊躇いの後、香の頭を獠の手が包み込み抱きしめる。


声はもう届かない。

沈んでいく意識に身を任せ、ゆるゆると揺られながら、会いたいと切に願い弾けた。


かおりーーかおりーー


りょお?

りょお?


「こら、香!いい加減起きやがれ!重いわ!!」

ぐに。と鼻を摘まれブツブツ不機嫌気味の男が一人。

んん??

「こぉら!!香!おまぁなあ!散々煽ってこれはないんでないかい?」

ん?煽る?誰が?

ブラインドから差し込む光が訪れた朝を告げ、少し開いた窓からは動き出した街の日常の音が流れてくる。

聞き捨てならない言葉に、跳ねるように飛び上がり右手で獠の首元のTシャツを締め上げ香が問いかけた。

「だ、誰が煽ったって?な、なんであたしがあんたの上で寝てんのよ!!?」

「はああああ??何言ってんだ、おまえ?

おまえが一緒に寝ていーい?とかなんとか言いながら俺のとこに来たんだろうが!!」

ガツンと頭を殴られたような衝撃が走る。ダラダラと冷たいものが背中を伝っていき、ぐちゃぐちゃな感情の整理がつかない。

あたしはあたしだけどそんなの嫌だ。

見えてくる風景は記憶にあるままで、違和感の類は何も感じない。

焦がれた日常に戻れた安堵感と、不在の間の切り取られた日常にあった出来事に想いを馳せキュウと胸が痛む。

更にぐいと胸元を締め上げ怒気を含んだ声で問い詰めていく。

「な、な、なにがあったのよ!!あ、あたしとあんたに!!」

「ぐえ!?く、くるちい、、やめんか!香!なんもねーだろうが!おまえがただ隣で眠りたいってきて、それからすぐにくーくー眠りやがったんだろ!?」

「は??なにそれ?」

勢い余って馬乗りの体制になっていたことに気づき、慌てて香はベッドから降りて床にペタンと座り込む。

「おまえ、、、大丈夫か?あの時頭を打った後遺症がやっぱり、、、」

「獠、、あたしねどんなあたしだった?ねえ、獠、あたしは笑ってたかな。」

獠の隣で幸せだった?


あたしはやっぱりあたしなんだねとふうとため息混じりにごめんね。と心で告げる。

ふわりと頭を撫でる獠の大きな手と共に

戸惑い気味の声が降りてくる。

「どうした?ほんとに大丈夫か?どんなって、、覚えてねえのかよ。」

コクンと頷き俯き黙り込む。

「ああ??ったく、、昨日のおまえも相当変だったけど、今日のおまえもへんなのな。まるで別人みたいに。」

核心をつく言葉に、香の体がびくりと揺れるが、気にした様子もなく獠が言葉を繋いでいく。

「とにかく俺を見るなり抱きついてきてだな、カオリン積極的だなあと思ったら、どこに行くにも俺のジャケットの裾を引っ張りながら付いてきやがって。

おかげでナンパもおまえが一緒だから上手く行かねえし、飲み屋にまでそのまま付いてくるから勘弁してくれって言ったら泣き出しそうになるから、周りの奴らに泣かすな!って怒られるしで、俺が一体なにしたっていうんだ!なんで俺が泣かせたみたいになってんだ!って言えば、特大ハンマー落とされて、わあ当たってる。やっぱり生きてる。って感動されるしで、ほんと昨日のおまえ意味わかんねえよ。」

「、、確かめたかったんだよ。」

「はあ?なにを?」


全部を。


「ねえ、ちゃんと優しくしてあげた?」

「誰に?」

「あたしに。」

「なんで俺がおまえにーーぐえっ!」

一トンハンマーが額に落とされる。

「なんだと!あんたまさかーー!」

「わー!まて!なにすんだ!?一緒にいただろうが!!だから昨日はおまえとずっと。」

仏頂面の男がピクピクとこめかみに青筋を立てながら、香をジト目で睨みつける。

「ずっと?」 

「ああ、ずっとだよ。」

「そうなんだ。」

「そうだよ!」

「ありがとう、獠。」

「、、、、。」


桜が咲くように笑うんだな。と思わず見惚れたなんて言葉にはできなくて


やっぱり肝心なところであなたは優しさを忘れない。なんて上手く伝え方がわからなくて


「、、なあ、桜見に行くか?」

「桜?急にどうしたのよ?」

困ったように獠が香の顔を覗き込み、ふっとその瞳を細めてコツンと額をノックする。

「おまえが言ったんだろーが。桜を見に行きたいって。そんなことまで忘れるなよ。」

「そうなんだ、、そんなこと、、」


ビジョンの中に広がっていた白い獠の世界には、水面の際に立ち並ぶ淡い色の桜の花が揺れていて。

その瞳に映る世界が今はただ優しくあってほしいと願う。

あたしがあたしであるならば、きっといつか辿り着くはずだから。


「香ーー、おーい香ちゃん? 」

両手で香が獠の手を包み込む。

「あんたの体温て子供みたいに高いわよね。」

「、、悪かったな、子供みたいで。」

不貞腐れた顔の男を覗き込みながら、

「ほんと無駄に高いんだから。」

と包んだ手に頰を寄せていく。

「、、なんだよ!「おまえーー「好きだよ、獠。」


伝えなくちゃと思ったの。

こんな風にしか素直になれないけれど

きっとあたしがしていた後悔を今のあたしはしちゃいけない

浮遊感と共に香の身体が弧を描き、ベッドの上にその体が勢いよく沈んだ。

「ええ!?な、なに?!」 

混乱のまま視線を走らせると、真上に浮かぶ黒い光に囚われる。

どこまでも深いその色に声を出すことも忘れたように目を反らせず絡み合う。

「アホが。そうやって無防備に飛び込んでくるおまえが悪い。」

はらりと落ちた前髪が獠の右目を覆い、ぐいと近づき香の頰に髪先が触れていく。

ゼロの距離感に息が止まるほどの鼓動を感じながら、指先まで震える手で頰に触れ言葉を紡ぐ。

「やっぱり、、あったかい。」

「あっためてやろうか?」

香の手を握り返しそう答えた獠の手から伝わる熱はいつものからかいなんかじゃない本気の覚悟を伝えていくようで。

奥多摩以降、歩みを少しづつ進めていた

二人の間を一気に加速度が増していく。

「あのね、獠。」

「うん?」

止まない胸の音は優しい旋律に変わればいいと思う。

「オレの香って、アレね、嬉しかったの。」

「、、、、、」

しばしの沈黙の後、香の額に額を合わせながら少し不機嫌そうに獠が問う。

「誰だよ、それ。」

「え?なにが?」

「俺のって、、」

「獠だよ?」

「、、そんな事言ってねーだろうが!」

「言ったよ。」

クスクスと笑いながら香が答える。

合わさる額が揺れ、くすぐったさに思わず更にぐりぐりと擦り合わせていく。

「余所見してんじゃねえよ。」

「だからしてないってば!」

「どうだか。」

「あんたこそ!」

「あーもう、おまえちょっと黙っとけ!」

応戦しながら額をガツンガツンと打ち付けてきた香に、いてーよ!とこめかみをピクつかせながら身動きできないように両手を掴みベッドに縫い付けていく。

綺麗だ。と思った瞳が再度降りてくる。

「で?香ちゃん、さっきの返事は?」

「さ、さ、さっきって?」

上がりきった温度が全身に回り、火照るこんなあたしをどうか見ないで欲しい。

「あっためてやろうか?ってやつ。」

耳元で囁く声が壮絶な色気を放ち、鼓膜の奥に蕩けるように響き目眩さえ覚える。

思考が上手く回らないまま、潤む瞳で見上げれば切なく光る漆黒の色に出会った。

「そんな顔するなよ。我慢できなくなるだろ、、」

鼻腔に獠の煙草と微かな硝煙の香が広がっていき、抱きしめられたんだ。と頭と心が認識する。

おずおずと香は両腕を伸ばし獠の背中に回していく。

「、、いいのか?俺で。」

流れる涙に想いを乗せて、コクリと頷き答える。

「りょお、、じゃ、、、なきゃダメ、、ひっく。、、ダメ、、。」

嗚咽が混じり言葉に上手く乗っていかない。

だってダメだから。

そんなのきっとどんなあたしもわかってる。

「香。」

額に頰に肩に心に重なっていく獠の温もりが

燻る不安を全て打ち消していく。

「行か、、ない、、で。」

「おまえを置いて、行くとこなんかねえよ。」

唇を掬われたと感じた。

隠されていた雄が見え隠れして、ゾクと背中に閃光が走る。

合間合間に何度も何度も名を呼ばれ、その度にまた優しく激しく掬われる。

溢れるこの感情に名をつけるとしたら、零すことなく伝えていきたいと、ぐちゃぐちゃに蕩けていきそうな思考を必死で保ちながら、翻弄する男の耳元に唇を寄せて囁いた。

「獠、、、、」

「香?」

「 。」

男の瞳の奥に青い灯が灯る。激情の青に揺られながら、更に深く深く香へと侵食していき、

深い海に全てを委ねた。



桜の花は春を告げる花だという。

地平線に寄り添うように広がり揺れるあの淡い花の色をおまえにも見せてやりたいと思うんだ


「あら?今日は顔色がいいですね。よかった!」

「ああ、いい加減少しづつ動いていかないと鈍りきった体が気持ち悪くてな。」

左右に首を揺らしコキコキと鳴らしながら、確かめるように腕を回して行く。

「駄目ですよーー!!まだ無茶しちゃ!

あんなに瀕死で見つかってもう死んじゃうかと思ったんですから!!駄目駄目!

あなたの事は保証人になってくれている方からも、無茶はさせないでくれってキツくキツーーくお願いされてるんですからね!」

年の頃はまだ25、6らしき快活さが愛らしい、

白衣を身につけた女が、人差し指を振りながら男に言い聞かせるようにまくしたてた。

「はいはい。こーーんな可愛こちゃんに言われたら僕ちゃん聞いちゃうしかないなあ。」

鮮明に思い出す面影に少し似ているな。と

疼く想いに知らぬふりをして、男がおどけてみせる。

「また、またーー!わかってますよーーだ!

目覚めてからいっつもそんなことばかり言うのに、ぜーーんぜん本気じゃないことなんて!」

膨れっ面の女が腕組みで答える。

「そんなことないぜ。試してみる?」

いつの間にかベッドから下り女の肩に手をかけ

得意のポーカーフェイスで問いかけていく。

「、、、じゃあ、いい加減名前教えて下さいよ。」

「あん?名前?」

「そう。名前。なんで教えてくれないんですか?あなたを頼まれている方にも名前は本人から聞いてくれ。しか言われていないですし、、」

ふと視線を外し

「なんだっけなあ、、、覚えてねえなあ。」

と地平線を見つめながら呟いた。


アイツがいない世界に背負う名前の意味がもうわからない

捨てたいと願うのか、それともーー


「冴羽、冴羽獠です。」

カチャリと静かに病室のドアが開き、ふわりと

柔らかな風が舞い込んだ。

馴染んだその気配に心臓が一つ跳ねた。

白い無機質な部屋に肩口からひとひら、ふたひらと桜が舞っていく。

「!!香?」

「獠、、、やっと見つけた。」

絡まり合う視線の先の香の瞳は逸らすことなく真っ直ぐに語りかけてくる。

「え?え!冴羽獠?ええ?な、名前?

あなたはーー??」

白衣の女が驚きで目を見開きながら声を上げる。

「ありがとうございます。こちらでずっとお世話になっていたと聞きました。本当に本当にありがとうございました!」

「おまえ、、なんで!?」

「迎えに来たに決まってるでしょ!!バカ。」

つかつかと歩み寄り、ぐっと胸元を掴みながら

薄茶色の瞳を揺らし、言い切った。

「俺はーー。」

「あんたがね、あたしに言ったの。

来て欲しいって。会いたいんだって。」

「!!?」

「ずっとずっと側にいてくれたでしょ?

きっと眠っている間もずっと。

だからあたしは生きていられたんだよ、獠。」


夢と現実の狭間で揺られながら何度も何度も

夢を見た。

夢だと思ったんだ。俺の想いが見せた夢だと。

『ごめんな、こんな体で。』

「ごめんねって。こんな体でごめんねって。」

『泣くなよ。ずっといるだろ。』

「泣くなよって。ずっといるだろって。言った、、んだよ。」

『なあ、香、、俺を見つけてくれるか?』

「見つけて欲しいって。獠が、、獠が言ってくれたんだよ。あたしを待ってるって、、」

『待ってるんだ。おまえをずっと。』


ああ、降参だ。

やっぱりこいつには敵わない。

俺の隠し続けた想いまで全部持っていくこいつには。


震える身体を引き寄せ告げていく。

「探してた?」

低い低音の声が懐かしく香の耳に響く。

「探してたよ。」

腕の中で温もりが増していく。

「会いた、、かったか?」

ふわりと懐かしい匂いが香る首筋に顔を埋め抱く腕に力を込める。

「会いた、、、かった、、」

確認するかのようにすん。と鼻を鳴らしながら、香が胸に頰を擦り付けていく。

「今まで側にいてくれてありがとう。」

「あーー、、自覚あんまねえけどな。おまえの嫌いなほぼほぼユーレイだったけどな。」

「ゆ、ゆ、ユーレイじゃなあい!!あ、あ、あし!足あったし!触れたし!!」

「いやいや、香ちゃん。発想が古いなあ。今時ユーレイなんて普通の姿で見えるんじゃねえの?俺みたいに。」


バシッ!!!

乾いた音が空間を切り裂く。


「いってえな。何すんだ?怪我人だぞ、俺は。」

「バカ!!!冗談でも言うんじゃないわよ!ユーレイなんて、、あんたは生きてるでしょうが!!」

打たれた頰が香の想いのように熱く甘く疼く。

どうしたっておまえが全部掬い上げていくから

俺はやっぱり溺れているんだと

らしくねえよな。と独り言ちる。


小さく震える全てを占めるその存在にありったけの優しい旋律を落としていく。 

「桜、見に行くぞ、香。」

「桜、、?来るときに咲いていたあの桜?」

「いーや。あそこに見える海辺の桜だ。」

「だって獠、まだ意識が戻ってそんなにたってないんでしょ?そんな無茶したらーー。」

部屋の隅で二人の雰囲気に気圧され、所在なくもじもじしていた白衣の女を、ちらりと香が見やりながら戸惑いながら言った。

「あ?えーと?そうですね、、普通はまだ動けないんですがほんとに全く何者なの?って感じの回復力で私たちも驚いてまして、、。うーん、そうだなあ、えーと、あ!ちょっとだけ!ほんの少しの時間ぐらいならリハビリを兼ねてどーぞどーぞ。」

至って明るくどーぞと勧める女をぱちぱちと瞬きしながら香は見つめ、はあああ、、と深いため息をついた。

「いーんだってさ、香ちゃん。」

ニヤリと獠が香の顔を覗き込む。

「はあ、、なんかあたしあんたがやっぱり人間じゃない気がしてきた。」

「人間だっつーの!!!ユーレイじゃないんだろ?香ちゃん?」

「、、、いじわる、、、」

ジト目全開で香が睨みつけてくる。瞳はうっすらと潤み唇をふるふると震わせていて、その全てに劣情を抱き今すぐに攫っていきたいという気持ちに、落ち着けと頭を一振りする。

押さえ込んだ想いをごまかすように、くしゃりと頭を撫ぜ、

「いくぞ。」

と肩を抱き促す。

「わ、わわわっ!!急に歩き出さないでよ!

もう!」

「こっちは限界なんだよ。」

「なにがよ?」

澄んだまあるい瞳は出会った頃と変わらない。

「いいから、行くぞー」

「もう!相変わらず、あんたってよくわかんない!」

騒々しく病室を後にした二人を見送りながら

「やっぱりいるんじゃない、、大事なヒト。」

と、ベッドに吊り下げている名前のないネームプレートを白衣の女がピンと指で弾いた。

「あんなに綺麗な人だなんて。あ〜あ、ご馳走さまっ。」

大きく背伸びをしながら、

「私も見つけなきゃなあ、、桜を一緒に見に行ってくれるステキな人を、、」

眩しさに目を細めるように水面を見つめ、そう呟きパタリと部屋のドアを閉めた。


「香。久しぶりに俺に運転させろよ。」

「え?」

「乗ってきてんだろ?俺のミニに。」

「よく分かったね。」

「なんとなくな。」

「、、直ぐに帰らなきゃダメだよ。」

「しーんぱい症だな、香チャンは。」

「だって!!、、、」

「悪かったよ、、おまえを置いたままで。」

「獠、、、」

肩を抱く手に振り向いた香の髪先がパサリと触れる。

「獠、これ。」

ハンドバックから取り出したものを香は

大切そうにゆっくりと獠に手渡した。

まさかといった表情で獠が香を見つめる。

「!?見つかってたのか?もう諦めてたんだ。」

久しぶりのその感触を確かめるかのようにじっと見つめ、ジャケットを捲り腰に差していく。

「駄目だよ、諦めちゃ。だってこれは獠の分身でしょ?」

泣き出しそうに笑う香を、気づけば腕の中に

閉じ込めていた。

「あったかい、、」

「冷たい俺は嫌、、だったか?」

「そんなわけないでしょ!獠は獠だもん。

あ、もう一人の獠もずっと夜一緒にいてくれて隣で寝ちゃった。」

エヘ。と子供のような顔をして何してるかなあ?などと呑気に思考を香が飛ばしていく。

「あ?隣?寝ちゃった?ちょっと待て。それ知らねーけど!もう一人って誰だソイツ?」

「え?獠だけど。」

「知らねーーよ!!」

「だから獠なんだってば。」


やだ。もう。わかんないかなあ。と

ブツブツ呟きながら、腕に香の腕が自然絡んでくる。

なにがだ。全然わかんねーよ。と口を尖らせながら絡む腕をそっと引き寄せる。


「香、あのなーー」

伝えなくてはと思った。

散々目を背け、突き放し、離しきれずに

傷つけてきた自覚は日々の中で数えきれないほどある。

それでも香は側にいてくれた。

「ねえ、獠、桜は春の花だよ。あたしと獠の誕生日に咲いていく花が桜って素敵だね。」

そう言っておまえが笑うから

俺は何度でもおまえに焦がれるんだ


「香。」

「なあに?」

「あのな、 。」

驚いた顔の香の瞳の、地平線に重なるような水面から溢れ出す雫をそっと掬いながら、引き寄せ額を合わせて、その指に絡む癖のある髪を弄んでいく。

鼻先がぶつかり、バカ。とか細く呟く香の頰に頰を寄せて揺れながらまた鼻先を絡ませる。


溶けていけばいいと思う

このままずっとこんな風に


桜が水面に揺れる。

色の無くなった世界に咲き乱れた花は今は鮮やかで。ひとひら、ふたひらと春を落としていく。春はもうそこだと告げている。