京都庭園散歩 等持院(2019年04月)
場 所:京都市北区等持院北町63
拝 観:無休
拝観料:通常500円
但し、本堂及・霊光殿及び茶室「清漣亭」の改修工事中は 300円
拝観時間:通常 9:00~17:00(12月30日~01月03日は9:00~15:00)
但し、本堂及・霊光殿及び茶室「清漣亭」の改修工事中は 9:00~16:30(16:00
受付終了)
等持院(とうじいん)は、臨済宗天龍寺派の寺院で、山号は萬年山、開基は足利尊氏、開山は夢想国師、本尊は釈迦牟尼仏。
元は仁和寺の一院でしたが、暦応四年(西暦1341年)に足利尊氏が天龍寺の夢窓国師を開山に迎えて中興し、足利氏の菩提寺である中京区三条高倉の等持寺の別院とした。延文3年(1358年)に尊氏がこの地に葬られるとその法名をとって等持院と改めた。暫くして本寺であった等持寺を統合した。(諸説あり)
その後、室町幕府の衰退とともに荒廃したが、慶長11年(1606年)に豊臣秀頼によって修造された。文化5年(1808年)に罹災したが、文政元年(1818年)に再建され現在に至っています。
夢想国師の作庭と伝わる池泉回遊式の山水庭園があり、京都市の名勝に指定されています。
平成29年(2017年)6月7日より、本堂・霊光殿及び茶室「清漣亭(せいれんてい)」は改修工事中のため拝観することが出来ません。
山門を潜ると真っすぐに参道が続き、禅宗等持院と書かれた大きな門柱があります。
門を入ると左手から奥の駐車場にかけて桜があります。
右手にはマキノ省三の銅像があります。牧野省三は日本映画の父と呼ばれた人で、大正10年(1921年)に日活を退社し、等持院境内に牧野映画製作所を設立し活躍しました。銅像の後ろに墓所があります。
銅像の横を右に折れて進むと表門の前に出ます。
表門の向かいに鐘楼(改修工事中)があります。
表門を入って庫裡へ。
庫裡前には、東西を土塀と東司に囲まれて玄関庭があります。
庫裡玄関、後ろは修理工事中の方丈です。
庫裡を入ると受付があります。
上って右に進むと奥に天龍寺派241世管長・関牧翁(せきぼくおう)老師筆の祖師像があります。
方丈は改修工事中で入れませんので、左に曲がって書院へ。方丈は元和2年(1616年)に福島正則が妙心寺塔頭海福院に建立したものを、文政元年(1818年)に当院に移築したもので、狩野興以の襖絵があります。
書院右側の廊下。
書院奥の床の間。
書院から庭園が眺められます。
庭園は池泉回遊式山水庭園で夢想国師の作庭と伝わるもので、京都市の名勝に指定されています。矩形に配された方丈と書院に囲まれた芙蓉池(西池)と境内東部にある心字池(東池)の2つの池から構成されています。
芙蓉池は北側に茶室・清漣亭を配し、中島や枯滝に古い木立が趣きを添え、種々の花木が植えられ変化に富んだ石組みのある庭園です。
心字池は、中の島や岩島があり趣きのある庭園です。中の島にはかつて妙音閣があったそうですが、今は礎石が残るのみになっています。
園路は二つの池を大きく回る形で書院前から清漣亭の前を通り、東の心字池を巡って方丈に戻るようになっています。2つの池の真ん中を連絡する園路があり、上から見ると「日」の字の形になっています。
書院から庭に下りて北の清漣亭へ。
下りて右手、方丈との連絡通路側にある庭。
清漣亭と庭園。清漣亭は上段一畳を貴人床とする二条台目の義政好みの茶室です。入母屋造・茅葺、桁行2間・奥行1間の瀟洒な建物です。
書院前の池への水の注ぎ口。
清漣亭前から書院。
石段を登って清漣亭の東側へ。
この辺りから見た芙蓉池に浮かぶ中島の様子。
中島に架かる北と南の石橋
清漣亭を過ぎて東に進むと道は二手に分かれます。直進すれば東の心字池へ、右に行けば方丈に繋がっています、分岐点に桜があり、鵜が頂きに止まっていました。
一旦右に折れて方丈に至る園路から東の心字池の様子。
戻って真っすぐ東に進むと左手に銅像・句碑・歌碑・十三重石塔が並んで建っています。
この前辺りから工事中の霊光殿が見えます。
更に東に進むと右に岩島があります。
岩島には橋を渡って島の中央まで行くことが出来ます。
戻って心字池を見ながら大きく回って方丈の方に戻ります。
途中、岩島の先にある小島にアオサギがいました。
工事中の霊光殿の近くに木蓮とアセビと桜があります。
工事中の建物内部
方丈辺りから庭園を見た景色。
方丈の北に足利尊氏之墓所があります。
2019年04月09日撮影