サラの壁
右を向いても、左を向いても、「結婚」の今日この頃である。どういうわけか、時ならぬ結婚式ラッシュだ。そしてここで舞台に立つことになった私。おまけに今までのパフォーマンスが認められて(と信じたい)大役に大抜擢されたのである。
なにしろアイドルグループのセンターとなって、歌ったり、結婚式の余興でのこととはいえ、激しいダンスも踊るわけだ。女性として不甲斐ない毎日をおくっている私としては、こういう役は張り切らざるを得ない。
さてこうなると着るものにも凝ります。突然アイドルっぽい服と言われて困ったが、私にはひらめくものがあった。都内でそういう衣装専門店があるのだ。私はすぐに駆けつけたところ、ウインドウに制服風の衣装が飾ってあった。プリーツのミニスカートがとても可愛い。が、値段を聞いてのけぞった。ブランドのスーツほどの値段である。が、お調子者でこういことには身を入れ過ぎてしまう私。今回はソロパートもあるのだ。可愛い女の子にならなくてはならない。このミニスカートを穿いて、キラキラメイクもしちゃおーっと。
歌詞の憶えが異常に悪いのと、音程がやや狂うのが私の難点であるが、毎日床に並べたマトリョーシカをゲストに見立てて稽古に励む。
当日は友人もいっぱい招待されている。キュートで愛らしいアイドルとなった私から、またいつもとは違う新鮮な魅力を発見し、彼らはきっと目が醒める思いになることだろう。
「ああ、自分は間違っていた」と悔恨の思いにふけるはずだ。
そんなことをあれやこれや考えると、自然に笑みが漏れ、練習にも熱が入る。
そして私たちを指導してくれる先生が、なぜかとてつもないイケメンなのである。びっくりした。本当に驚いた。ダンスで磨きあげられた肢体はどの角度からみても美しい。シャープな顎に高い鼻、そして毛穴ひとつない、そこはかとない光を放っている肌をもっている。若いが、どこか醒めているところも、ミステリアスな魅力に溢れていた。
おそるおそる近よると、ほのかに香るのは「トムフォード」だ。ダンスを軸に生きると、人間はさらに美しく透明になるのだろうか。いますぐアイドルとしてデビューできそうだ。
「ここはイチャイチャのシーンにするからね」とアイドルのステージのような演出を考えてくれる先生。
「恵美子さんとAさんと抱き合っているところを、Bさんが見て割って入るんだ」
Aちゃんは仕事のため、まだ稽古場にきていない。先生がAちゃんの替わりになって、私の肩を抱く。長い女の人生であるが、齢の離れた男性とこれほど密着したのは初めてだ。
「ゲスト席には口づけしているように見せるんだ」
頬と頬をこすり合わせるのだ。先生の完成された横顔が、“顔面国宝”にこんなことをしていただいて、私の心臓はすごい音をたてる。あの時間は永遠に続くかと思われた。
これだけ美しい人を目の前にすると、ホワッと幸福感に包まれる。眼福という感じだ。
ヤキモチを焼く役となるBちゃんは、仲間内で有名な美人であるが、生来のおっとりさもあって、タイミングがずれる。
「どうしても左足で止まらない。もう一回お願いします」と何度もダメ出しするのである。
そのたびに私は先生とラブシーンを演じることになるのだ。
すっかりぽうーっとして家に帰った。が、小心者の私はある感慨にふけってしまう。
さっそく、“魔性の女”と呼ばれる友人に電話をかける。
「私は決して自分を卑下したり、茶化すつもりはないけれども、私を抱擁するっていうのは、かなりすごい経験ではないかしら。劇的なことをあんな若い男の子に経験させていいものだろうかと私は悩んでいるの。これからの彼の行く末に影響がなければいいけれど」
「あなたってそういうとこ、まじめなのね」極めて冷静にそっけなく言われた。
私の気の弱さというのは、本人の自己嫌悪を通り越して、まわりの人たちを呆れさせるところまでになっているようなのである。
このようにいつも私たち女性をかくも強く結びつけている要素といったら、やはり「男性問題」であろう。私が思うに、これほど女性たちを団結させ、友情を生じさせるものは他にない。
「たいした男じゃないって。あんなのと別れて正解だったわ」と共通の敵をつくり、「あなたみたいに、いい女がいるのにねえ」とお互いの憐憫の情をかわす。
そして私はもうひとつ別のことにも気づく。
よく「男性の気持ちがわからない」と女性たちは深刻そうにするけれど、あれは嘘だ。あれだけ恋にかけては悪賢くて敏感な女性たちがわからないはずはないのである。ましてや、抱き合ったことが一度でもあるのなら、その答えはとうに出ているはずである。
いい答えが出た女性は、それを甘い飴みたいに何度もなめたいんだし、悪い答えが出た女性は、他人からあきらめないで、といってもらいたいばかりに女友達に真夜中に電話することになるのだ。
長電話は女性たちのスナック菓子のようなものである。たいした栄養にはならないが、大切な嗜好品だ。それがないと口も寂しい。ここは男性には理解できない心理であろう。
結婚式当日、十代の少女に扮した私。鏡で見るとかなりギョッという感じになったが仕方ない。
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