【3.11】生きることを強く望んだあの日
僕達が忘れることのできない「3.11」
あの日以来、日本中の、いや世界中のキーワードになった、
「3.11」
思い起こされるのは、
映画の世界のような、現実にこんなことが起こりうるなんて予想しきれなかった映像。
僕はただただ、愕然とするしかなかった。
「これ、今なの??ホントに起こってることなの??」
と、現実なのか虚像なのか、理解するまで時間がかかった。
それは、「9.11」の映像もそうだった。
ありえないようなことが実際に起きている。
五年前の震災が起きたあの時間を思い返すと、1に思うことはこんなことである。
ただただ思うことしか出来なかった。
テレビやネットの報道を見て、自分が無力としか思えなかったし、
見ることすら辛く苦しかった。
間近に体験した方々の苦労や困難は、例えようもないものだろう。
行動も起こせていなかった。
各所で募る募金に少額寄付する程度だった。
やるせなかった。
今でも対して変わらないかもしれない。
それでも生きなきゃならない。
どんなことが起ころうとも、生きることに間違いはない。
何千何万とその道を閉ざされた人達がいても、
僕らは生きなきゃならないのだ。
命あるものとして生まれ、それが最大の使命だと、そう思えることくらいはできた。
少しでも誰かのためになることができたら、
あの時の自分を完全否定することなく、歴史に残るような行動ができなくとも、
意味を持たせることができるのかもしれない。
今でも苦しく、それでも生きなきゃならない人達はたくさんいる。
生きることをさらに強く望んだキッカケだった。
まだまだ生きよう。
強く気高く生き抜こう。
簡単なことではなくとも、生きていかなければ、
何も生まれない。
何も与えられない。
命は、お金よりも時間よりも価値あるものだ。
貫こう。
生きることを。
強く。気高く。