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まだ語られていない物語は何ですか

正しいおっさんのプレゼンテーションに力はない。かわいいイキモノのストーリーには力がある。

2019.05.04 04:26

「どんな正しさを手放したら、一緒にいられるだろうか」という問いで数日過ごしました。

そこに限界があることに気付きました。ある正しさを手放した後に、別の正しさを求める自分に気付いたのです。そしてまたお互いの正しさで論破しあう。


「どんな正しさを手放すか」ではなく、「正しさでやりとりすることそのものを、どうやって手放せるか」が、解なき複雑な時代を共に生きるための変化を生み出す力になるのだろうと、思い始めましたので随想しました。


問題の性質によっては、正しさとは無力なものかもしれません。


なお、「おっさん」とは、特定の年齢や性別を指す意味ではなく(それだと私もおっさんです)

社会的・思想的なおっさんを意味しています。「俺が若い頃はな」「先輩に向かってなんだ」「偉くなったもんだな」みたいなのがその代表です。その意味で、おっさんの女子大生もいます。



先日こんな記事を読みました。そうだなーって。

いま、新たなサッカースタジアムの建設にあたって、人工芝にすべきか、天然芝にすべきかという議論があります。僕が“人工芝派”だとしたらその根拠を言えますが、もし“天然芝派”になれといわれたら、今度はその根拠を並べることもできます。対立する概念があったとして、ロジックはそのどちらの正しさも証明できてしまうんですよ。

こう思うと、「正しさ」って力がないなあと思うんです。


いや、専門家を呼んでスッキリ解決できるような問題だったらいいんです。でも、最適解のない問題や、あり方やモラルの問題の時には、私たちは美的感覚を頼りに、対話をせざるを得ません。


芝生と同じですよね。「どんなまちづくりをしようか」「どんな会社にしようか」とかも。美術館や図書館を増やすのか、商業施設を増やすのか、自然を増やすのか、コンクリートで固めるのか。


これらには、つまるところ「美しいかどうか」くらいしか、判断材料がありません。私のいう「美しい」は、すき、おもしろい、きれい、かわいい、かっこいいとかのことです。美的感覚の問題なのです。だって、なんでも正しいんだから。

皆が美しいと思えるように、「どうありたいか?」からはじまる対話によって、調整しながら創り出していくしかないのではないでしょうか。



それにも関わらず、私たちの暮らしの中に、それについて話したり、鍛えたりする場や技って、あまりない気がします。


逆に、正しさを主張するための技はたくさんありますね。私もそういう教育を受けてきて、正しさを主張する、説得する、論破する、勝ち負けが決まる、ということを繰り返してきた記憶があります。いてー。


「これこれこうでこういうこうだらなんだらかんたら、、、、、ゆえに、正しい」

対決・議論モード突入。この時点で共感シャッターはバーンと落ちてしまうのです。


じゃなくてこう言えたらいいなと。

「これはキモい」「これはカワイイ」

(おぉ…)

そこから対話の中へと招待していくというのがスマートな感じがしてきました。


常にそうするというよりかは、あくまで芸の引き出しの一つとしてですが。テレビのリモコンが壊れた時は、キモいとか言ってないで早く専門家を呼んでください。



全部が正しくできるのなら、正しさに力はありません。


説得でなく共感で社会を変えていくなら、そこには、プレゼンテーションだけでなくストーリー、美しいデザインやアートが必要ですね。


そして、その美しさのものさしは、そこに暮らすひとりひとりの美的感覚の積み上げや、交差点から生まれてくるといいのだろうなと思っています。


そうすると、やっぱパブリックなデザイン、アート、ストーリーとかは大切なんだなあ。

ただし、それを表現しておわりではなて、アートやストーリーをきっかけにして「それをどう思った?どこからそう思った?」という対話が起こるまでの設計が、そこには必要なのだなあと思ったのでした。


そうでなければ、つまり、双方向生が確保されていないアートやデザインは、広告やプロパガンダに近づいていきます。人を支配しがちかと。CMなんてそうですよね。「あなたは化粧をしないとブス、あなたは足りない。だからもっともっともっと購入して消費して。」でちょっと経ったら「もうその色は流行じゃないの。今度はこれ買って」。


「私は化粧なんかしなくても美しい」とか言ったら、多くの化粧品会社が潰れるか、業態を変えざるを得ないでしょうね。


正しさにとらわれず、美しいと思えるストーリーや表現をシェアするは、解なき時代を、気持ちよく共に健やかに生き抜くために大切なのですねえ。


こうまとめることにします。


正しいおっさんのプレゼンテーションに力はない。かわいいイキモノのストーリーには力がある。


その後に、対話や参加、協力をしたくなる気持ちを起こせるかどうか、という点においてです。