『「ちょっと今から仕事辞めてくる」を読んで、働くことについて考えてみた』執筆者:夢雲
北川恵海さんの「ちょっと今から仕事辞めてくる」は、何のために生きるのか、何のために働くのかを問いかけ、仕事への向き合い方を教えてくれる作品だ。
あらすじを追いながら、思ったことを書いてみようと思う。
(ネタバレ部分も少しあるので、まだ読んでいない方はご注意下さい。)
主人公の隆は、これといって熱を上げるようなやりたいこともなく、周りと同じように就職活動に勤しんでいた。
希望の会社からはことごとく落とされ、隆は次第に自信をなくしていく。
不採用通知ばかりもらっていると、だんだんと自分には何の価値もないと言われているように思えてくるのは隆だけではないだろう。
そんな中、やっともらえた内定は飛び上がるほど嬉しかった筈だ。
それが例え、仕事を選ぶ時間をこれ以上かけるのが怖くて、内定さえもらえればどこでもいいという心境になっていたとしても。
入社半年足らずで、隆からは笑顔が消えた。
ブラック企業にこきつかわれてくたくたになりながら、ビデオを巻き戻したような時間をひたすら消化していく日々。
やっと仕事を終えて帰宅しても、数時間後にはまた会社へと向かう。
怒鳴られ、頭を下げ、残業、休日出勤は当たり前。
忙しくても、寝る時間がなくても、やり甲斐を感じているならそれでもいいと思う。
自分の成長の為に今の時間が必要で、その先や周りが見えているならばいい。
でも隆のように、もう明日が来ることさえ気が重くなっているなら、たぶん何かが間違っていると気付くべきだろう。
休みたい。
もう眠ってしまいたい。
いや、眠ったって明日はくる。
眠りたくない。
このまま楽になりたい。
そして隆はふわふわっと線路に倒れこむ。
その時、隆の身体はすごい力でグイッと引き戻された。
「久しぶりやな!俺や!ヤマモトや!」
小学校の時の同級生のヤマモトと名乗る男を隆は思い出せなかったが、彼の屈託のない笑顔と自由さに、次第に心を開いていく。
気持ちが落ちている時、そばで笑ってくれる人の存在は大きい。
例え自分は笑えなくても、悩んでいる世界から離れる時間を作ってくれる人がいるのは、とてもありがたいことだと思う。
隆も徐々に明るくなり、自信を取り戻していく。
そして仕事で大きな契約を結ぶ。
けれども、これが大きな落とし穴へと繋がっていく。
落ち込む隆にヤマモトは今まで以上に寄り添い、転職を勧めてくる。
「隆にとって、仕事を辞めることと比べたら、何の方が簡単なん?」
仕事を辞めるのはそんなに簡単なことじゃないと言う隆は、頭の中で仕事にいろんな価値観を結び付けているのだろう。
無職になったらきっと彼女なんて出来ない。
保障とか保険とかは重要。
入社して半年足らずで辞めたら、人として終わりなんじゃないか。
でも本当にそうなんだろうか。
ずっと隆をささえてくれているヤマモトは、小学校の時の同級生とは別人だったことがわかる。
じゃあヤマモトは何者なのか。
何故、赤の他人をここまで気にしてくれるのか。
ある日、隆は明るいヤマモトの違った一面を知ってしまう。
あれは本当にヤマモトだったのか。
そう言えば、隆はヤマモトのことを何も知らなかった。
ヤマモトの謎も、実は仕事について深く考えさせられるものなのだけど、これは次の読者のためにとっておきたいと思う。
会社では、隆が尊敬していた五十嵐先輩の態度が変わっていった。
五十嵐もまた、厳しいノルマを課せられ必死だった。彼もブラック企業の犠牲者だったのだ。
思いもしなかった先輩の態度に、隆はショックを受ける。
“ああ、そうか。
やっぱり悪いのは全部俺じゃないか。
五十嵐先輩をこんな風にしてしまったのは、俺じゃないか。”
隆はまた自殺しようとする。
会社の屋上のフェンスの扉を開けると、そこは別世界だった。
ただ、ただ青く澄み渡った空が広がっている。
一歩。
たった一歩で楽になれる。
隆を現実に引き戻したのは、やはりヤマモトだった。
「人生は誰のためにある?」とヤマモトは言う。
人生の半分は自分のため。
あとの半分は、自分を大切に思ってくれる人のためにあるんだ。
もうすぐ自分が死ぬとわかっている人が、何を悔いているのかを書かれた本には、仕事ばかりだったことや、自分のやりたいことをやらなかったこと、自分の大切な人に「ありがとう」と伝えなかったことなどがあげられている。
人は、疲れすぎると何がやりたいことなのかもわからなくなる。
でも、何も考えられなくなる前に、自分の視野が狭くなりすぎていないか気がついて欲しい。
どんなに頑張っても出来ないことからは、逃げてもいいんだと忘れないで欲しい。
この本は多くの人が感じる、仕事の辛さ、理不尽さなど重いテーマを扱いながら、サクサクと軽いテンポで読むことが出来る。
そして最後はスッキリと明るい気分になれる。
自分の仕事について考える、いい機会をくれる本だった。
そして誰もが、誰かのヤマモトになれるんだと思わせてくれた。
そばにいる人を大切にしたくなる作品だ。
すべての働く人にオススメしたいと思う。