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髙橋 三保子

ある華族の昭和史

2019.05.11 02:11

前回、駒場文学散歩で「前田邸」を見てから、どうしても気になっていることがあった。

太平洋戦争で当主の利為さんが命を落とすまで、100人以上の使用人に傅かれてこのお屋敷に暮らしていたという前田家の人びとは、戦争が終わった後、どうなったんだろう?


調べたら、前田家のお嬢さん、酒井美意子さんという方が、戦後、マナー講師として活躍し、著書も残していることが分かった。


読み始めるときは、正直、悲劇のヒロインの物語を紐解くつもりでいたのだけど、どうしてなかなか。


これは悲劇というより、時代の激流にも決して希望の灯を消さず、しなやかにしたたかに生き抜いたお姫様の冒険活劇だ。


戦争で父を失い、身分と財産を剥奪され、ある日突然やってきた外国の将校と共に、ひとつ屋根の下で暮らすことを余儀なくされた彼女の運命は、苛烈そのものなのだけれど。


悲しみの底にあってさえ、その筆致がどこか軽やかなのは、きっと、著者の天性の明るさと、真っ直ぐな気質によるものだろう。


決して楽しいだけの物語ではないのに、読みながらときどき、ミミ姫の豪胆さ、ストーリーの痛快さに口もとがゆるむのを抑えられない。


太宰の『斜陽』を読んで以来、没落華族という存在に対して抱いていた、時代の犠牲者みたいなイメージが、小気味良く覆されていく。


今はもう失われてしまった美しい日本語や立ち居振る舞いを垣間見せてくれる好著。


はからずも、時代の変わり目にぴったりの読書となりました。