自転車 case01 作・橋谷一滴
2019.05.13 02:00
「この自転車さ、すぐタイヤの空気抜けるから」
年末に彼は無人島へと向かった。
最後に会ったのは12月の26日。
彼は持ち物の中で一番値段の高い自転車に片手間に乗りながら
「知ってた?最近の子供のままごとって電子マネー使うんだよ。」
と
ほんとか嘘か分からない話を
真面目な顔で話した後おんなじテンションで
無人島へ行く話をした。
私はまたほんとか嘘か分からない気分になった。
そしてわたしが冗談交じりに無人島に持っていくCDの話を持ちかけると
彼はまた真面目な顔で
ちゃんと悩んで答えるのだった。
彼の愛用自転車は共に無人島に行くことはなく
近所の駐輪場に止められている。
彼は自転車を駐輪場に止めた後、私に鍵を預けた。
「僕が帰ってくるまで使っていいよ。」
年が明けた。
私は家の鍵と彼の自転車の鍵を持って外に出る。
自転車に乗って海へ向かおう。
彼も海を見ていることだろう。
「この自転車さ、すぐタイヤの空気抜けるから」
駐輪場で彼の声が蘇る。
タイヤに空気を入れなくては。
もうすぐ彼が帰ってくる。
2019年5月13日
橋谷一滴