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キリスト教で読む西洋史ー聖女・悪女・聖人・皇帝・市民

イタリアの春8-ロレンツォ暗殺未遂パッツィ事件

2019.05.15 02:35

1476年12月クリスマスのさ中、ミラノの僭主ガレアッツァ・スフォルツァが暗殺された。このとき教皇シクストゥス4世は「イタリアの平和は死んだ」と言ったが、実際に平和を殺したのは教皇自身である。

1478年4月26日、ついにフィレンツェでクーデターが発生。大聖堂でのミサの最中に、ピア大司教サルヴィアーティとフランツェスコ・デ・パッツィがメディチ家兄弟を襲撃、弟ジュリアーニが殺害され、ロレンツォは負傷した。暗殺者達は市民に蜂起を呼び掛けたが失敗、100人以上が粛清された。

教皇は、ピサ大司教を処刑したという口実でフィレンツェを破門し、聖務停止をした。ところがトスカナ司教は教皇を逆破門した。教皇はナポリと組んで、反フィレンツェ戦争を始める。従わないミラノには、ジェノヴァを離反させ、スイス軍を侵入させた。

ミラノでは、ガレアッツァの弟ロドヴィコがクーデターで実権を奪取、ロレンツォも自らナポリに乗り込み、金も使いまくってなんとか危機を収拾した。そしてルネサンスを彩る二人の僭主の時代となり、なんとかイタリアのバランスは維持された。

下はゲーム「アサシンクリード2」の中のパッツィ事件。当時に戻ってロレンツォを助けて活躍することができる