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病気の目的(ギフト)を見ると…

2016.03.14 12:55




あれは2年前の3月14日のこと。








息子の卒園式2日前だっていうのに

いきなりの緊急入院。




初めての子の卒園式にも出られないなんて、

悲しすぎる。・゜・(ノД`)・゜・。

と入院を告げた先生の前で思いっきり泣いたのを思い出します。

(先生はべつに悪くないんやけどね(*^^*))




入院が決定して大部屋に移動し、

家族も帰ってぽつん。




悲しい、悲しいすぎる、これ以上悲しいことはないーーーーー!!!

と心の中でシャウトしつつ、

どこかにホッとしてる自分に気づきます(゚Д゚)





「あかん!あかんやろー!

母親たるもの、息子の卒園式に出られへんピンチやと言うのに、

ホッとしてる場合やないやろーーー!!!」




こんな声がどこからともなく聞こえてきました。





一方では、

「ええやん。やっと休めたんやで(*^^*)

緊急入院なんやから、みんな許してくれるって。

心ゆくまでなーーーんもせーへんかったらええねん(*^^*)」

やって!




このブログにもよく書いてますが、

アドラーは

「どんな行動にもポジティブな目的がある」

と言います。




この時の緊急入院の目的

「なんのために緊急入院したのか?」

というのを見ると、

紛れもなく

「やっと合法的に休める」

に行き着いたのですね〜( ´ ▽ ` )




緊急入院でもしなけりゃ休めない状況を

「自分が」作ってたんですねー。





ナンテコッタイ。




どんな行動にも目的(何のために?)がある、

ということを実感した出来事♪




これも体験をもって知る、

という財産ですね(*^^*)





とは言えね、

何も休むために「強制終了」をしなくってもいい、ってこと!






もー身体張らんでも知ってるから大丈夫やで〜!わたし(*^^*)