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ソウル読書部

エッセイ/安山の午後  

2019.05.22 04:04

↑写真はエスニックフードのイメージ

外国人労働者の街、安山(アンサン)

 

安山(アンサン)を降りると左側には工業団地がたくさん見えた。

間のびした日曜の昼下り、ぬるい風が吹いて柳の葉が揺れている。

安山は、ソウルから地下鉄4号線に乗って1時間ぐらいいったところにある。

この街には不法滞在で単純労働をする外国人が多く住んでいる。

中国からの朝鮮族が一番多く、フィリピン、タイ、インド、バングラディッシュ、ベトナム・・といろいろだ。ロシア系の大男とすれ違うことも多い。

"工員紹介"とか"仲介します"などの看板が目に付く。

駅から伸びる歩道橋にはアラビア語だかタイ語だかわからないが、それらしきうねうねした文字で落書きがしてあった。

何の機械音も聞こえてこない工具街を歩く。シーンと静まり返った工具街は

まるで大げさに作ったセットのようで不気味であった。たまに通り過ぎる人は、肌が浅黒いか舌巻きの激しい中国語を話す人々である。

昨日大雨が降ったので今日天気はとても良く、澄み切った空をすべるように雲が流れていくのが見えた。

そして、はるか遠くの高層アパート群が、目の前にあるかのようにはっきりと見えた。

今度は反対側の出口に出た。駅前広場の公衆電話ボックスには、外国人が列を作って順番を待っていた。電話中のみんなの表情は明るい。

地下通路に物売りがいた。パンを売っている隣にいきなり魚(鯉っぽいの)が売られていて、泥臭い匂いにやられるまえに足早に階段をかけあがった。

少し奥に進むと、漢字の看板が目立ち始め、韓国語よりもいろいろな外国語が耳に入ってくる。ある店の前では男が3人青島ビールを飲みながら談笑していた。

道をそれると静かな住宅街なのだが、ぽつぽつとインド食品店、ハラル(イスラム信者のための食品)食品店、バングラディッシュレストランなどが見えてきた。バングラディッシュレストランに入りたかったが、4、5人のひげをたくわえた男たちがでんと座ってテレビを見ていた。そのひげの感じは・・そうねフランク・ザッパ系。

ひとりで入って行ってあの濃い面々に見つめられながらご飯を食べる勇気はさすがの私にもなかった。

緩やかな坂の途中の店で、中華風のねじりドーナツを買って食べながら歩いた。


午後4時ごろ、清潔でこざっぱりとしたインドレストランを見つけた。

今回安山に来た目的は何かというと、スパイシーな料理を食べるということであった。もちろんスパイシーといっても韓国のにんにく、ゴマ、唐辛子で作られたものではなく、独特な香辛料たっぷり使った料理のことである。

中に入り、すみませんと言うと、

白いカーテンの向こうから、やや甲高い声で

「オソオセヨ(いらっしゃい)」

と聞こえてきたので、のぞくと男が小麦粉を練っているところであった。

「カレーありますか?」

「え?」

「カリーありますか?(ちょっと英語風にカリイと発音してみる)」

「え?」

あれ、インドの人にカレーは通じないのかしら。とりあえず、メニュー表をもらったのだが、どこにもカレーと書いていない。

「あの、あの、ご飯にソースをかけて食べるもの・・ないんですか?」

「ご飯食べるんだったら、これにしなさい。韓国人、みんなそれが好きです。」

と、5000ウォンのドライカレーみたいのを指差した。

二人とも怪しい韓国語である。

しばらくして、でっかいお皿がデーンと私の前に置かれた。

ご飯は2人前以上ありそうなボリュームで、鶏肉がご飯に埋まっている。

チャーハンじゃないのにな、と少々がっかりしているとほぼ油と呼んでもいいギトギトのカレーと、クミンの入ったヨーグルトが出された。

おお、カレーだったのね。


ターメリックライスの中にはクミンとカルダモン(いずれもインド料理に欠かせない香辛料)がはいっており、米は期待を裏切らないタイ米。久しぶりのこういった料理に感無量。鶏肉も独特の味付けでヨーグルトにひたしてたべる。

主人が、大丈夫か、口に合うか、インド料理を今まで食べたことがあるかと聞いてきた。あるというと、イテウォンでかと聞いてきた。

こんな量が多くておいしいのをイテウォンなんかで食べたら、15000ウォンぐらいしちゃうぞ。もちろんこういった料理はイテウォンに行けばいつでも食べられるが、かっこつけた高いレストランではなくて、テレビにはダラダラとインド映画が映っていて、店の隅ではメッセンジャーを使って友人と音声チャットを試みているインド人がいて、いったい韓国で何しているのだかわからないインド人たちが出入りする、そんなところで緊張しながら食べることに、私は価値をおきたいのであった。

会計を済ませて外に出ようとしたとき、主人が電話の国番号リストを見せながらイギリスはどれか教えてくれ、というので指差した。

彼はハングルが読めないのだろうか。



駅に戻った。

広場におばあさんが座っていて、黒のビニール袋から草を出しては並べている。

もしかして!!

香菜(シャンツァイ、中国やタイ料理に欠かせない野菜。その香りが苦手な人はカメムシみたいな匂いだからと、形容する)であった。

わっしとつかんで、たったの1000ウォンという。どっかの畑で抜いてきたというが、それにしても安い。韓国で香菜を手に入れるのはなかなか難しい。おばあさんの言葉が不明瞭なのでポカーンとしていると、あんた外人だね、あたしの言ってることわかんないだろうね、と独り言のようにつぶやいた。


※2003年くらいに書いたもの。

この頃は外国人が公衆電話で長電話、というのをよく見かけた。どこかで書いたが、彼らのその姿を見るたびに、外国人として韓国に住んでいる寂しさみたいなものを共有できるような気がして慰めになったものである。

現在安山には多文化飲食ストリートのようないろいろな国の料理が食べられる屋台が並ぶ通りが整備されたという。


※メッセンジャー

マイクロソフトのチャッティングサービスでこの時代は多くの人が利用していた。

※イテウォン

2003年当時、東大門市場周辺のエスニックタウンにまで足をのばすことはあまりなかった。中華系の人々が多く住む大林やカリボンは未知の世界だった。情報があまりなかったのも大きい。