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サブマリン・フラッドホール

増やし鬼

2019.05.22 10:22

異世界修学旅行

如月雪親くん、エンネさんお借りしました


 こうなったら破れかぶれだと飛び出した如月は、空から突然降ってきた鳥だった人物に助けられた。異形の姿の人物がうようよしているのは、コンテナから脱出するときに身を持って知ってしまった。知らざるを得なかった。そもそもコンテナに訪れた黒いのっぽの人物だって、顔の部分に円が二つの人物だった! それに比べれば、先程の人物は金属の鳥からヒトに変わり、片腕を円錐形の攻撃に向いてそうなモノに変えただけである。まだ生易しい方ではないだろうか。

 そんなことを考えながら、如月は教わったとおりに道を曲がった。西三十五度の方角の道を四メートル直進して、右折。二メートル直進後に左折した。そこには確かに現在使用されていない店舗があった。降ろされたシャッターには落書きまみれで、一部分破損している。鋭利な部分に気をつければ、一晩ぐらい身を隠すことはできそうな場所だ。

 きょろきょろとあたりを伺い、如月は崩れたシャッターの中に潜り込む。スカートが破れないように持ち上げて、そっと商店のなかに入れば埃っぽく、何年も掃除されていないのがわかる。埃の中を歩いて、休めそうな物陰を探していると、外からの光が遮られる。窓は木材で打ち付けられて開かない。唯一の出入り口は先程の破れたシャッターだけ。そのシャッターから漏れる光がかき消されている。

 先程の自在に変形する人物は、ここがあのときは一番安全だと思って紹介したのだろう。たしかに安全だった。道中誰にも合わなかった。しかし、これから先ずっと安全だとは一言も言っていなかったではないか!


「ああ、ここにいたんだね」

「……!」

「うん、ここなら聞きたいことをゆっくりと聞き出せそうだ。お願いだ、少しだけ話をしようじゃないか」

「……い、いやよ……! ふざけないでちょうだい……!」


 黒い異形のヒトのような誰かが優しげな声をかけてくる。コンテナで出会った人物だ。こんなに早く出会うだなんて、と絶望しながらも、如月は震える声で虚勢を貼る。しかし黒い白衣の人物は困ったように首を傾げて近寄ってくる。大きな体を無理やりかがめて、割れたシャッターの隙間に体を押し込もうとする。崩れたシャッターの破片でところどころ白衣をやぶきつつも、その人物は廃屋の中にやってくる。


「まずは自己紹介をしよう。ボクの名前はエンネ。キミの名前は?」

「……名乗る名前なんてないわ」

「そうか……それは残念だ。あとでリストから調べるとしよう。さて、まず聞きたいことがあってね……たくさんあってね……うーん、どれから聞こうか……」


 部屋の中央までやってきたエンネは、そのまましゃがんでショウ・ケースの向こうにいる如月と目を合わせようとする。しかし、長年の埃やらなんやらで曇りきったショウ・ケース越しでは目線が合わない。

 うーん、とエンネが悩んでいると、かつり、とシャッターが叩かれる音がする。エンネと如月がそちらを見ると、もう一度シャッターが叩かれる音がする。今度は激し目に、がしゃん、という音だ。もはやこれは蹴り飛ばしているといっても過言ではないだろう。エンネも如月もなんだ、と顔をそちらに向けると、三度目のノックが響く。もはやそれはノックではなくて、暴力だった。吹き飛んだシャッターがエンネにぶつかる。うわ、というエンネの声が吹き飛んでぶつかってきたシャッターの音に紛れて潰される。シャッターが吹き飛んだ衝撃でぱらぱらと埃が落ちてくる。困惑しながらも、如月は逃げるなら今しかないと震える脚を叱咤して立ち上がる。勢いよくぶつかったシャッターのせいか、エンネはまだ動けないらしく、待って、と如月に声をかけるのが精一杯だ。

 吹き飛ばしたシャッターのほうに向かえば、そこにいたのは一人の男性だった。エンネほど背は高くないが、如月よりもうんと背が高い男だ。シャッターを蹴り飛ばしただろう姿勢のまま、廃屋から出てきた如月を迎えると腕を掴む。ジャケットの袖口から腕時計が見えた。まだコンテナから逃げ出してそれほど時間が経っていないことに驚いていると、男性が腕を掴んだまま走り出す。


「いったっ」

「すまないが我慢してくれ。走るからな」

「ちょ、ちょっと待って! はやい、はやいったら!」


 舌を噛みそうな勢いで走り出した男性は、そのままのスピードでビルとビルの隙間を走っていく。前方から黒い人影が見える。エンネだ。先程シャッターの下敷きになったはずの人物がいることに如月は驚き、腕を掴む男性を見上げる。男性はわずかに眉をひそめると、如月を俵かつぎするとトップスピードのままエンネに突っ込む。エンネが驚いた声をあげるころには、男性の膝が彼の腹をえぐっていた。彼の体重がどれほどかは知らないが、平均よりも背の高い人物の、鍛えられている体の重さがそのまま膝に乗っていたのだから相当のものだろう。ぐえ、とカエルが潰れるようなうめき声をあげると、エンネはその場に崩れ落ちる。

 それを悠長に見ることもなく、男性はさらに走っていく。如月は俵かつぎされたままだ。流石にオカマとして許せないのか、おろしなさいよ、と声をかけてみるが男性には聞こえなかったらしく、別件の忠告を受けることになる。


「口は閉じておいたほうがいい。このまま突っ切るぞ」

「ちょ、ちょっとどこに行くのよ!」


 如月の悲鳴は城砦のコンクリートの沈んだビルに木霊して、消えた。