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今日も何かを間違えた

僕はいつもおろしポン酢牛丼を頼んでしまう

2019.05.25 02:10


人生で牛丼屋には何回行ったことが

あるだろうか。

飲み会の帰り、何気なく目についた時、

予備校の授業前、

そんなに多くはないけれど両手じゃ

数え切れないくらいには行った。

そしていつからか、

僕はおろしポン酢牛丼に捕らわれてしまった。



①始まり あまり感動的ではない出会い


その日はたぶん、夏の暑い日だったと思う。

予備校の夏期講習の空き時間で、

自習室は生徒でいっぱいとなっていた。

シャーペンがノートをすべる音と

消しゴムが紙の上でゴシゴシと動く音、

ページをめくる微かな音が混然一体としていた。

僕は単語帳から顔を上げて、教室の一番前に

かかっている時計を見た。

1時半。次の授業までは1時間半ある。


ランチタイムもピークは終わった。

昼食を取ろう。


僕は荷物をまとめてリュックサックに詰め込み、

空調の効きすぎた予備校のロビーを抜けて

うだるような暑さのする西池袋を歩いた。

余り遠くには行きたくない。

近くにある店はハンバーガー、

立ち食いそば、油そば・・・

牛丼屋。


うん、ここにしよう。


メニューを開くと、定番と思しき商品が

最上段に構えられている。

ネギ、チーズ、おろしポン酢・・・

おろしポン酢か。


うん、悪くない。


僕は店員に注文した。


そしてこれが

「おろしポン酢牛丼を純粋に食べた」

最初で最後になるとは思わなかった。




②惰性 あるいはビル・ゲイツのチーズーバーガー


次に訪れたのがいつだったか-

はっきりとした記憶はない。

誰だって牛丼屋に入った記憶を

きっちりと全て覚えている人はいないだろう。

おそらく。


しかしおろしポン酢牛丼を食べた記憶はある。

牛丼屋<おろしポン酢牛丼の図式が

僕には、はっきりと刻まれてしまったのだ。


それは思春期の失敗よりも深く深く、

僕の心の中に傷跡を残した。

そのとき僕はメニューも見ないで、

おろしポン酢牛丼を頼んだ。


僕は考えて考えて結局わからなくなって

疲れてしまうことがよくある。

それを回避したかったのだろう、

僕はメニューを開かなかった。

そして一言、

「おろしポン酢牛丼、並で」

と言った。


小さな公園にある錆びたブランコが出す

軋んだ音のような、少しの冷たさと

悲しさが僕の声に入り混じっていたかもしれない。


あるいはまったくの平淡な声だったかもしれない。


店員は何の興味もなく、POSで注文を打ち込み、

厨房へと消えた。


ビルゲイツはハンバーガー屋に行くと

かならずチーズバーガーを頼むらしい。


彼もこんな風に注文したんだろうか。


そして僕はおろしポン酢牛丼に飲み込まれた。




③執着 それは消えないかさぶた


以降、僕は牛丼屋に入るたびに

おろしポン酢牛丼を食べていた。


期間限定メニューや、特別割引なんかがあっても、

ひたすらにおろしポン酢牛丼を食べた。


おろしポン酢牛丼以外を食べたいと

思う時ももちろんある。


しかしおろしポン酢牛丼に吸い込まれる。

食券を選ぶボタンに伸びる指は、

自然とおろしポン酢牛丼を押している。

店員を呼んで発する言葉は

「おろしポン酢牛丼1つ」


永遠にはがれないかさぶたのように、

僕の心にありつづけるおろしポン酢牛丼。


それは小さくも、確かなエネルギーを持って

僕を注文へと至らしめるブラックホール。


僕は果たして、おろしポン酢牛丼以外を

注文することができるのだろうか。


わからない。


結局僕は何一つわからないのだ。


おろしポン酢牛丼の味以外には。


おろしポン酢牛丼、美味しい。






PS.昨日の飲み会は好きな先輩とハグできたので、

     100点満点でした。