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ふらっと旅人 / Flat Tabibito

ヨガを通して、自分と話す。

2019.05.29 16:04

週末、腰を捻挫して以来はじめてヨガをしました。(2か月ほど前に、通院していた整骨院の治療ミスで捻挫)


たまたま知人が、今度ヨガの先生を招くよ〜と教えてくれたのですが、偶然なのか必然なのか、私が学んだハートオブヨガの先生をされている方でした。


以前、ハートオブヨガの先生を探す必要があった時に色々検索していたら、その方のblogがヒットして読んでいて、なんかおもしろ人だな〜と思っていたのです。


そしたら、友達の友達みたいに繋がっていたとは(笑)←今、ココ。


〜〜


腰ってね、カラダの「要」と書くとおり、怪我をするとマッッッジ、どうにもならないんだと身体を張って感じております。


身体をリラックスさせたい〜と思って、両手を挙げたり、広げたりして深呼吸をしようとするだけでも「ウッ(*_*)」ときて、身体の防御反応で反射的に硬直するんです。


呼吸さえ、深くできないなんて…。悲しい。

なんか無念だったり、力を抜くことも上手くできないし、ますます怪我させた相手に怒りがこみ上げてきたり、色々混ざって疲れる。


そんなんで、いわゆる「ヨガ」はできず、まずは呼吸が気持ち良くできるようにと思ってきました。が、やはり自分だけだと当然ながら身体をかばう気持ちや、怖さもあって、かなりテキトーでやってきました。


なので、今日は、無理をしないのは1000%当たり前だけれど、その中で、小さな挑戦をしてみようと思いました。


ちなみに、ハートオブヨガは「ポーズに合わせて呼吸をするのではなく、自分の呼吸に合わせてポーズをするもの」と考えているので、呼吸が「ウッ」となった時点で、それはやり過ぎなのです。


だから、呼吸の長さも身体の柔軟性も十人十色なので、側から見ると、みんはバラバラに見えたりもします。


側からみたら、かなりヤル気のない人か、バリカタな人(笑)だったと思います。


まだ私の中では、周りの目を気にする自分が存在しており(笑)、指導者資格を取る前に比べたら相当なくなったけれど、それでも「なんか恥ずかしい…」と思う私がいる。けれど、今回はそんな気持ちに応えている余裕はなかったこともあり、改めて、身体の声を無視して周りを気にしても、一切得なし!と実感しました。


〜〜


リハビリをするように慎重に動かしてみて、思ったより出来たり、出来なかったりすることを重ねて気が付いたのは、


いつも「痛いから出来ないできない」と思っていたこと。


確かに、神経に障るような痛みがあるから出来ないことが多いのです。


ただ、その基準値が、「健康な時の自由自在に動ける私」にあることに気がつきました。


そりゃ、そこと比較したら動けてないわ!


だから基準値を変えると「動けている」のです。


2か月前よりは動けている!

ぶり返したけれど、たぶんひと月前よりも進歩している!!


いつも頑張ってくれている身体さんに対して、マジごめんなさい!と反省しました。


そもそも「健康」とは、何なのだろうって改めて思ったし。


今回は「怪我をする前の状態」が、健康である目標値としているけれど、真の意味で健康だったかと聞かれたら違うと思うし、仮に片脚を失ってしまったとか、車椅子生活になっていたとしたら、私は永遠に「健康」に戻れることはできないとなってしまう。


それはちょっと違うよね。


日本語だと適訳がまだ無いような気がするのですが「Well being(ウェル ビーイング)」の状態を保つことが大事なんだよね。


「心と身体が、その時の最善状態であること」なのかな。


腰が痛ければ痛いなりの、私のwell beingがあるはず。


どんな状態が理想なんだろう…?!


「健康」に戻ることばかりに気を取られ考えていなかった💦


一気に戻ることは、なかなか考えにくいから。


今日、野球を始めたばかりの子が、一晩寝て睡眠学習して、イチロー並みの上手さになってましたレベルの奇跡よね(笑)


今日の「最善」を積み重ねていくしかないのだなぁと、久しぶりのヨガを通して気がつくことができました。


少し痛みが引くと、つい動き回りたくなってしまうので(犬か!)、走り回っていたら、どうぞ皆さま繋ぎ止めて下さい(笑)


写真:星のカタチの黄花に魅かれて撮ったけれど、よく見たら花びらがハート💕