斉諧俗談130
2019.06.02 09:27
斉諧俗談 130
〇嗣信石碑[つぎのぶのせきひ]
讃岐の国屋島の壇の浦に、佐藤嗣信の石碑がある。伝承に言う、後小松院の御代、至徳元年四月五日、陸奥の国の空信という沙門がこの地に来て墓に詣で、追悼の和歌を詠んだ。
痛わしや君の命を次信がしるしの石は苔ごろもきて
と詠んで手向けると、石碑の中から声がして、
惜(おしむ)ともよも今まではながらえじ身を捨(すて)て社(こそ)名をば次信
と返歌を詠んだという。
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斉諧俗談 130
〇嗣信石碑[つぎのぶのせきひ]
讃岐の国屋島の壇の浦に、佐藤嗣信の石碑がある。伝承に言う、後小松院の御代、至徳元年四月五日、陸奥の国の空信という沙門がこの地に来て墓に詣で、追悼の和歌を詠んだ。
痛わしや君の命を次信がしるしの石は苔ごろもきて
と詠んで手向けると、石碑の中から声がして、
惜(おしむ)ともよも今まではながらえじ身を捨(すて)て社(こそ)名をば次信
と返歌を詠んだという。