グロテスクなボディ&ソウル
文責・後藤護(暗黒批評)
町田市立国際版画美術館で開催中の「THE BODY――身体の宇宙」展に行ってきた、とツイートしたところ「訪問記をちょいと書いてみなさいよ」とBH総帥ヒロ・ヒライさんから煽られての、一筆啓上であります。ヒライさんがすでに本展示にかんして「獣帯人間」というテクストを寄稿もしてくれてるので、あまり被らないような内容にするつもりですので、どうか最後までお付きあいください。
その名のごとく「身体」をテーマにした展示で、第一章は「美」と「力」をテーマにしたと図録にも記載があります。まず「美」に関してですが、ウィトルウィウスの高名な『建築十書』のルネサンス期のリヴァイヴァルを経ての「幾何学的人間」(円のなかで人間が手足を広げてる、あんなんです)の図が並びます。
続く「力」では、本展示のトップ画像にも選ばれたヘンドリク・ホルツィウスによるムキムキマッチョな作品が並びます。16世紀の英雄と軍人を描いたものですが、図録を見てみると「古代ローマの英雄とルドルフ二世をなぞらえて称賛するもの」とあります。やはりアルチンボルド以外もこの「偏屈王」(巌窟王、みたいに読んでください)を描いてんですねえ【図1】。
【図1】Hendrick Goltzius - Publius Horatius
で、第二章「解剖図幻想」こそが機関精神史(というか高山学派)的には本展最大の見どころです。続く「ピラネージの建築解剖学」という断章と併せ見て、「うーん、実にバーバラ・スタフォード『ボディ・クリティシズム』の世界だ」と思ってたら、参考文献リストに『グッド・ルッキング』といっしょに入ってますね。高山宏『カステロフィリア』、小澤京子『都市の解剖学』なんかもあるので、建築と人体をともに解剖学的視点でまなざす、という展示コンセプトがよくわかります。
第二章では、『ボディ・クリティシズム』でその名を知った人も多かろう、ゴーティエ・ダゴティの解剖図作品がたくさんみられるのが嬉しい。ル・ブロンが発明した赤、青、黄の三色刷り版画技法にさらに「黒」を加えたのがダゴティで、そのためか「開いて全部見せちゃうよ」的な啓蒙精神のどす黒い裏側のようなものまで見える「暗黒啓蒙」なグロテスク作品に仕上がってます【図2】。第一章は「美」がテーマと明記されてましたが、第二章は「醜」がテーマだと思われます。わたしだったら「ゴシック・ボディー」、「グロテスク・ボディー」と煽ったところです。
【図2】ダゴティの描く「グロテスク・ボディ」。海外のノイズミュージシャンとかに好きそうな人が多そうなヤバさMAXの作品です!
学芸員の藤村拓也さんによれば、第二章の最大の霊感源は「カイヨワがシブサワした」(高山宏)ことで知られる名著『幻想のさなかに』だといいますが、カイヨワの言う通りむかしの解剖図って、骸骨とか生皮だけの人間が日常空間でポーズ決めたり瞑想に耽ったりしてて、どこか滑稽なんですよね。カイヨワも黒いユーモアがお好きで、瞑想する骸骨人間に対して「死んでようやく、死についてゆっくり考える時間ができたようだ」とか、背中の皮がべろんと剥がれて地面に達しようとしている男を「フロックコート着てるみたいだ」と言ってみたり、けっこう罰当たりです(笑)
とはいえグロテスクという観念には「滑稽」というものが付き物、というのはカイザーの『グロテスクなもの』を読めば即わかることなので、第二章はお連れの方と「やだあグローい」とか言って、きゃっきゃ笑いながら見るのが正しい鑑賞態度であると、勝手に申してみます。
で、第三章「身体の宇宙」ですが、これはもうヒロ・ヒライさん的なマクロコスモスとミクロコスモスの照応の世界なので、詳しくは先述した「獣帯人間」を読んでくださいねって感じですが、わたしとしてはやはり現代の三人のアーティスト、なかでも柄澤齊(からさわ・ひとし)さんに注目したいです。
氏の「The Vertebral Column」という作品【図3】は、第二章の解剖図の流れを受け継ぎつつ、人間の背骨が、本の背とみごとに差し替えられていて、これを見てわたしはすぐにオルタナ編集者・郡淳一郎氏の「ボディ&ソウル理論」を思い出しました。郡さん曰く、美しい身体に美しい魂が宿るのは人間だけでなく、書物も同じこと。カバー(=衣服)を剥ぎ取った生身の書物こそが美しい、、、ってなことで人体と書物のアナロジーなのですが、郡さんは「本の背の部分がもっとも大切、なぜならそれは人間にとっての背骨だから」とおっしゃっていたのです。
【図3】展覧会図録より。
藤村拓也さんによる「本展のはらわた」を読んでみると、「本展の心臓と骨格」「本展の筋肉とその運動」「本展の脳髄」といった具合に小見出しがついていて、この展示そのものが身体というミクロコスモスになぞらえられていることが分かります。なんてメタで知的な操作でしょう!
というわけで人体と建築のアナロジー、人体と宇宙のアナロジーの果てに、柄澤齊さんの作品を通じて書物と人体のアナロジーにさえおよぶこの「展示-身体」の宇宙規模のでかさに、あらためて震えた次第です。図録を快く提供して下さった学芸員の藤村拓也さんにも、心より感謝。展示は6月23日までですので、くれぐれもお見逃しなきよう!