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なんにもないから、またはじめる

今日は日曜日。

2019.06.02 12:42

今日は日曜日ですね。

休日に出掛けないと気が済まないという人を少なからず見掛けますが、個人的には理解出来ない感覚ではあります。

休日を職務に従事しない時間、という側面で捉えれば当然理解出来るのですが、休日は休むもの、僕は家でごろごろするのが大好きなので、休日は家でごろごろする時間なのです。

何が休息になるか、というだけの違いなだけなのですけれどね。


という訳で、今日も今日とて家でごろごろ。

休日は読書か映画鑑賞かアニメ鑑賞が専ら。

今日はアニメの日でした。

今日観たアニメは「鋼鉄城のカバネリ 海門決戦」と「ルパン三世 第5部」。


カバネリ、よいよ、カバネリ。

ストーリーもよいし、作画が神懸かってきれい。

アニメって、視覚と聴覚を前提としたエンターテイメントなので、絵は世界観を表現する上で重要なファクターだと思っています。

人間の五感は触覚、嗅覚、味覚、聴覚、視覚ですが、これは生存に必要な順(記載通り)に発達してきた感覚です。

まず原始の生物に必要だったものは触覚。

感覚がない(当然、個などというものが概念として存在しない程度の段階)=自己と他者を分かつものがないということと同義(自己が生命であることの認識すらなく、どちらかといえば現象に近い状態)からの大きな進歩である触覚の獲得。

そこから自己が活動する為のエネルギーとなる獲物を捕獲する為の嗅覚、自己に対する毒を感知する味覚、自己の生存確率を上げる(外敵を察知する)為の聴覚と視覚、の順に生命は獲得してきた。

つまり、古い感覚ほど強い、と言える。

それで言えば聴覚と視覚は新しく獲得した感覚であり、生存に必要不可欠とは言えないが、より新しい感覚であるが故に、価値観として成立し得る、とも言える。

美しさ、という概念はどの感覚にもある(少なくとも日本人の感覚としては)が、殊、聴覚と視覚に於いては顕著ですよね。

それは、生きる為に必要不可欠ではないが故に昇華されたものだからです。

あ、全然カバネリの内容に触れてないですね…。

和製ゾンビものですが、西洋のそれと違い、文学性があります。

何故なら、和製ゾンビもの、などということに目を向けるような状態は、それなりに文化として醸成された後の状態だからです。

初期のゾンビものなんて酷いもので、数にものを言わせたゾンビアタック!以上!以外の何物でもありません。

文学性なんて欠片もないです、脳筋です。

しかしそれが原点であり、ゾンビものなんてそれ以外の何物でもなかった。

そこに着目し、文学性が加わったのなんてつい最近のことですよね。

後発組として、ゾンビものとしてはかなり僕の琴線に触れる作品でした。

繊細。


次にルパン三世 第5部。

これはもう大人のアニメ代表ですよね。

恐らく、製作陣もすごくそれを意識して作っている。

一々、演出が大人の苦味を出そうとしている。

特に台詞回しが。

子供じゃなくなってしまった人には響くことが多かろうシーンが山ほどあります。

4部5部はそれが特に顕著ですね。

レベッカ、最初はただのビッチだと思っていたけれど、最終的にすごく素敵な女の子。

アミ、最初から最後まですごく可愛い女の子。

いや、製作陣は分かっているね、おっさんの好みを。

そして次元と五右衛門の格好よさときたらない。

次元はマルボロ(赤)を吸っているのですが、奇しくも僕も赤マル派です。

あんな苦み走ったおっさんになるには銃弾飛び交う戦場に身を置かねばならないのでしょうか…。

女性と男性の「格好いい」の基準の違いの一つとして、次元大介が本気で格好いいと思うか、ということがあると思っているのですが、それは強ち間違いではないと思うのです。

おっさんなら、次元が格好いいと思ってしまうよね…。

黒スーツ、髭、ハット、リボルバー。

何これ、おっさんのハートにど真ん中じゃない!

逆に中二病だよこれ!

次元みたいなおっさんになりたいとは思わないけれど、あれは男の憧れの一つの完成形ではあるなと思います。

ストーリーの内容としては、ネタバレを多く含む為、敢えて触れないことにします。

ただ、僕は(こんなことをいうのは好まないのですが)泣きました。

観てよかった。


という訳で、長文になってしまいましたが、僕の今日の休日はこんな感じでした。

ごろごろ。

休日。