今月の季語(八月)秋の風
http://caffe.main.jp/?p=5118 より
今月の季語(八月)秋の風
今年の立秋は八月七日です。秋が立つ日とはいえ、その日から急に秋らしくなることはまずなく、むしろ真夏以上にこたえる暑さが続きます。夏本番の暑さには鮮度があり、喜びも(個人差はあれど)伴いますが、そろそろ勘弁して欲しいという思いばかりが先立つのが秋の暑さ〈残暑〉です。
秋暑き汽車に必死の子守唄 中村汀女
てにをはを省き物言ふ残暑かな 戸恒東人
とはいえ、ぼやきつつも何とはなしに、秋の気配を探る心持ちになっているものですが、皆さまはまず何に秋を感じるでしょうか。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
藤原俊行『古今集』
ではないですが、秋は風の音からという方もいらっしゃることでしょう。
爽籟に大安達野をかへりみる 富安風生
死骸(なきがら)や秋風かよふ鼻の穴 飯田蛇笏
秋風や褒貶を聴く耳ふたつ 石原舟月
〈秋風〉〈秋の風〉は秋に吹く風の総称。三秋を通して使えます。春の風は東から、夏は南から、冬は北から、そして秋は西からと言われると、体感的にも納得できるのですが、もともとは五行説に基づく考え方です。
石山の石より白し秋の風 芭蕉
秋風のかがやきを云ひ見舞客 角川源義
吹きおこる秋風鶴をあゆましむ 石田波郷
石山の石は本当に白いですが、秋の風はもっと白いというのが芭蕉の句です。五行説によると、秋は木火土金水の金にあたり、色ならば白、方位は西です。ゆえに秋風を〈金風〉とも呼びます。豊年に通じる色、枯れきる前の輝きの色と実感にも適っています。源義を見舞った客の秋風は金色だったことでしょう。波郷の鶴をあゆませた風は〈素風(そふう)〉(素=白)でしょうか、それとも〈色なき風〉でしょうか。
ひるがへり雀白しや初あらし 山口青邨
空気疲れの地球可愛や初嵐 三橋敏雄
嵐は季語ではありませんが〈初嵐〉は秋の季語です。台風の時期の先駆けのような荒々しい風を指します。
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな 蕪村
大いなるものが過ぎ行く野分かな 高浜虚子
ちぎれ飛ぶ草葉明るき野分かな 高橋睦郞
〈野分〉は文字通り秋の野を分けて吹く暴風のこと。〈台風〉とほぼ同義に使われることもありますが、野分は風であるという点に注意しましょう。台風が英語由来の語であるのに対し、野分は『枕草子』や『源氏物語』にも描かれているように、古くから使われてきた語です。
台風の心支ふべき灯を点ず 加藤楸邨
台風の白浪近く箸をとる 山口波津女
台風をよろこぶ心吹かれおり 和田悟朗
風の名前もなかなか面白いです。たとえば鮭が産卵のため川を遡上するころに吹く〈鮭颪〉、雁が渡ってくるころに吹く〈雁渡し〉は動物の名を冠した風。黍の収穫期に吹く〈黍嵐〉、芋の葉を揺する〈芋嵐〉は植物の名を冠した風です。地方ごとに特徴のある風もあります。皆さまの身辺にはどんな風が吹いているのでしょうか? (正子)