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〜LE SOLEIL〜 自分とつながるブログ

自分の中の完全さ。

2019.06.04 03:20

人は完全さを持ち、完全なリズムで、日常を過ごしている。


身体に戻ると、その完全さは直ぐにわかる。


意識していないところで、心臓も完璧にリズムを刻んでいてくれる。


その他、完全な動きで、各細胞が完全なリズムで調和をしていてくれる。


これを合わせ持つ、自分というのは、

完全性の中で生きていて、

それを合わせ持ち過ごしている。


この完全さが自分でもある。


しかし、日常で、自分は、取るに足らないところがあるとも、思考は思ってしまう。


まだまだ魂の成長?というものがあるとか思っていたり(これは、その人その人で自由だと思うのだか)


10年ほど前に、魂は成長しなくていいと、文字を見た時、

なんとも、力が抜ける感覚があった。


(!魂を.何と定義することにもよるが)


成長しないといけないと思うことは、まだ足りていないということになり、欠けた存在だと無意識に前提として持ってしまう。そして、邁進することになる。


自分には、完全なものと、

思考というもの、また、エゴというしかないのか、その部分があることを、知っている

ことは、大きな違いがある。


(エゴをローカルフィールドとも言える。)


日常は、そのエゴが、いろいろなパターンで出てきて、いろいろな思い、感情、を体験しているが、その中にいると、それが全てで、

まったく、同じことを繰り返し…自分はまだまだだな?

と思ってしまったり…してしまう。




でも、それは、それで、あり、

あるんだけれど、

それと同時に、完全性も自分の中にあり、そこがある事を、わかっていると、ふとそこで、休めたり、その気づきに寄り添うことができる。


意識だけて言うと、なかなか自分の本質や、気づいている完全な自分などは、自分には、見えないと、思考は思ってしまうが、

自分の中の完全性は身体に目を向けると、直ぐに感じられ、手の温かさ、心臓の動き、胸の呼吸、ありがとうといいたくなる。


出会う人全て、同じ生命からの鼓動で生きていて生かされている。


量子学でいうと、同じ素粒子で全てできて、いて、その振動がある。


自分は、個人でもあり、全体でもある。


沢山いろいろな情報があるが、

自分が一番すっと力が抜けて、柔らかく、胸の奥から開く感覚があるのが、本質からの

近道のサインかと思う。


どうしても、自分の中の変わらない思いや、生きずらさがある時は、自分のフィールドに働きかける、セッションなども、いいと思うし、

自分の中になかなか入って行けない、時は、

フラワーエッセンスのような、

本質へ帰る、エネルギーに働きかけるものも、良いと思う。


(先日の方が、そうだった、

頭も働かない…という時は、フィールドのエネルギーに働きかける、花のエッセンスから感情に働きかけるもの…

これも、調和の中からしか、生まれないもの)


自分の完全性に気づき、戻って行くものが、

気づきであったり、

セッションであったり、

エゴのエネルギーに働きかけるものであったりするが、


まずは、自分は、その、

完全性でもあり、エゴも合わせもつもの、


海と波(大海でもあり、大海から波はできている)


気づきの意識と個人(気づきの意識でもあり、個人も体験している)もの


であると、気づいて、その完全さを意識できているのは、

大きな違いがあると思う。


それを意識できていると、

目の前の人も、そこが、見えてくる。


人も動物も植物も全て同じものから生まれいる。