5月30日 中山道・木曽路(馬籠宿→妻籠宿)を歩いてみた‼︎ ③
(岐阜県中津川市・道の駅「賤母」→馬籠宿→妻籠宿→馬籠宿→長野県大桑村・道の駅「大桑」)
この手前辺りから、庚申碑や、
水車小屋と続き、
その先には、民家や、
旅籠があって、少し賑やかになってきたと思ったら、
「大妻籠」の大きな看板があった。
ここから本格的に妻籠の宿場町になるのかと思ったら、またまた、山道に。
山越え、谷越えして、
ようやく、本物の宿場らしきものが、遠くに見え隠れし始めた。
この橋の先が、妻籠宿か。
やった〜‼︎
ついに妻籠宿に到着だぁー‼︎
入口付近は、人気もなく、ただ只古い木造家屋が残る街並みが続く。
時代劇の撮影現場にでも紛れ込んだかのよう。
伝統工芸品の藁馬実演販売の店頭には、「この馬は乗れません」と注意書きのある大きな藁馬が。
レトロな雰囲気の発電所は、今も現役。
ここからは、ぼちぼちお店も開いているようで、観光客の姿も。
宿場町はちょうど昼時で、我々を追い抜いていった学生たちが、ところどころで昼食や土産物の物色。
この先は、学生さん達が町中にギッシリ。
それに加え、大型バスで宿場町だけをピンポイントで見学にやって来た外国人観光客の団体さんもいて、お店屋さんは大盛況。
とても、写真など撮れる状況ではなくなった。
Yは、宿場の中程にある観光案内所で、熊よけの鈴を返却し、
Kは、疲れた足を引きずって、バス乗り場へと直行する。
通常、3時間といわれるコースだが、途中、休み休みして、お弁当を広げたりしていたら、およそ4時間半かかってしまったようだ。
馬籠宿までの帰りのバスは2時間に一本。
我々が妻籠宿に到着した30分ほど前に、ここを出発してしまった模様。
宿場の中を散策してもよいのだが、そんな気力もない。
およそ一時間ほどベンチで待機し、馬籠行きのバスに乗りこむ。
周囲はなぜか、欧米人観光客ばかり。
こういった宿場の街道を実際に歩いているのは、なぜか欧米人観光客ばかり。
日本人やアジア系の観光客は、大方が宿場観光のみのピンポイント弾丸ツアーに参加している感じだ。
のんびりと時間をかけて峠越えしたルートも、帰りの県道経由のバスで30分弱。
途中、バス停に立ち寄る度、道中見かけた風景と再び出会い、懐かしさが込み上げてきた。
駐車場に戻り、疲労困憊のKは、小一時間車の中で休憩所をとる。
その間、一時間で戻る約束で、一人出かけて行ったY。
30分で、この地点まで到達する。
途中、猫ちゃんと戯れたりしながら、約束通り一時間で車に戻る。
3時間半かかってしまった行程も、Y一人の足なら一時間半かかるかどうか、といったところか。
まあ、これはスポーツ競技ではないので、時間だけが全てではないのだ。
かくして、弥次喜多道中ならぬ、KY夫婦の珍道中は続くのであった。