神様だったおばあちゃん…
子供のころの夏休みは田舎のおばあちゃんちにあずけられていた。
仏間にいるおばあちゃんから声がかかるといつもワクワクして駆けつけた。
仏間はおばあちゃんの居間兼寝室だ。
襖を少し開けて入ると、法前に座ったおばあちゃんの膝に抱っこしてもらうのが二人だけの習わしだ。
仏壇には昨日おばあちゃんたちが作ったきな粉のぼた餅が二つ…。
「仏さまのぼた餅を食べたいかい?」
もちろんだった…
「じゃあ仏さまにお願いしてやるよ…」
うん…!
「いい子だね…」
へへっ…
「神様仏さま…この子はとってもいい子です…ごほうびにぼた餅をあげてください…さあ…神様に手を合わせて…お願いしよ…」
「神様…いい子にしてますからぼた餅をください…」
仏さまがいつの間にか神様にすりかわっていました…(笑)
山奥にあるわが田舎は少し特殊な地域で、なぜか、かつてのキリスト教の形跡が残されていて…仏壇もあれば、十字架のイエスさまもいるし、神棚も数種類あった。
そんな中…これといって…おばあちゃんは信心深いほうではなかったと思う…
なぜなら…毎晩…仏壇に供えた自家製の梅酒と駄菓子で晩酌をするのが習慣で…
よくその駄菓子狙いで、おばあちゃんの愚痴話を聞いてあげたものだ。
飲むと…おばあちゃんはしだいに素の姑、母親、妻にかえり、仏さまやイエスさまや神様に不平たらたらにブウつきだすのだ。
それを聞きながら…酒の肴の駄菓子をつまみ、はてまた仏壇の供え物にも手を伸ばす。
梅酒を付き合わされて朝までぶっ潰れていたこともたびたび…小学生のくせに…(笑)
今思うと…おばあちゃんにとって神様仏さまイエスさまは…鏡を介した自分だったのだろう…
自分に語りかけ、叱咤し、慰め、いやされる…
わたしは神…
という究極の悟りを…知らず知らず…演じていたんだろう…
だから…そうなのかどうなのか分からないが…自分は…
むかしから、神様仏さまに頼ることは…好きじゃないし…元来…信じてさえいない…
たとえ、自分が貧しかろうが、寂しかろうが、辛かろうが…自分だけの世界のことだ…自分が苦しめばすむだけだろう…
それなのに…無理に祈らせようとか感謝、善行をさせようとかする魂胆は…浅はかな人間の習性にすぎない…
一生懸命お願いをしないと聞いてくれない…ネガティブでいると災いが降りかかる…
器の小さな神様だ…(笑)
落ちぶれて、挫けて、どん底に落ち込んで…苦しみ…もがく…
楽しいじゃないか…(笑)
われわれはいろいろな味をあじわいにきているのだ…
ひとりなのに…無数の分身がいるように自分を洗脳して…複雑に味わい深くして…
わたし(たち)…(神は)…
楽しみたくて…遊んでいるんだ…
この世から立ち去ったあと…
おばあちゃんは笑顔で…そう…教えてくれました…(=^ェ^=)