person 75 作・木庭美生
山口愛梨。17歳。女。
朝。口の中に歯磨き粉の味が残っている不快感。
そんな中水筒のお茶を飲んでさらに気持ち悪い。なんかスースーする。そんな朝。
普通に電車から降りて駅から学校に向かう。
今日はおじさんがいる。
なんか酔っぱらいかな、道で寝てる。
周りの人は小さく笑いながらスマホをパシャパシャいわせてる。
正直あれはあんまり好きじゃない。
スマホ。便利だよね、私も使ってる。
でもなんかその使い方はちょっとどうなのと思ってしまう。
別に好きに使えばいいけどさ。
目に入った普段は見ないもの、ちょっと変わったもの、自分ではやらないけど他人がやってることに向けてスマホを出す。それでまたパシャパシャいわせる。
パシャパシャした後はきっとあのおじさんが写ってるものは彼女のSNSか何かででるんだろう。おじさんはだしていいよなんて言ってないのに。
それが確実に間違ってるかなんてわたしにはわからないけど、わたしはあんまり好きじゃないから目で見る。とにかく。ただ。直接見る。
スマホのデータには残さないけどわたしの記憶に残す。変なことなんてすぐ忘れるけど。
この変わったおじさんの記憶なんてたぶん帰る頃には忘れてるけど。わたしの脳の容量はそんなにたくさんないから全然覚えてられないけど。
別に思い出にしたいわけじゃないからそれでいい。
スマホのデータに残っちゃったらなんか強制的に思い出になる気がしてちょっとこわい。
カメラロール開いたらこの寝てるおじさんがいるんだよ。彼女はたぶん何も思わずにそれを消すけど、彼女のカメラロールの中に消すまでの間寝てるおじさんがいると思うとちょっとスマホがこわくなる。考えすぎかな。おもしろいと思ってパシャパシャしてるなら画面越しなんかじゃなくて直接見ればいいのにその方がきっとおもしろいよ。教えてあげたいけどそんなことする勇気もないから黙っとく。
急に大きないびきをかくおじさんを彼女はクスクス小さく笑って通り過ぎる。
なんかさみしい。何がさみしいのか全然わからないけど、どうせならスマホとかがない江戸時代とかに生まれてみたかったかも。どうでもいいけど。
学校いこ。
わたしは口の中の歯磨き粉の味なんてもう忘れてる。
2019年6月4日 木庭美生