Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

TSUMUGI

そりゃあ荒れるんだよ。

2019.06.09 03:24
昔。

すごくさみしさを感じた時。

あぁどうせわたしなんて、と感じた時。

いてもいなくても一緒だと感じた時。




閉じこもるクセがありました。

部屋を暗くして

ケータイの電源を切って

冷蔵庫をあさっていました。




肉体的に傷つけるということは

したことがなくって、

それはわたしが痛いのが嫌いだったからかもしれません。




いま思えば、ビビリでよかった。






そうして

そんな思考のわたしが

子どもを産んで。




より、さみしさを感じたのか。




ココロの不安が

止まることがありませんでした。




これまでのように外に出られなかったり

これまでのように誘われなかったり

責められるコトバが多かったり




どうせ、どうせ、どうせ。




そんな時間が増えました。






ただ、

子どもがいなくなればいい

と思ったことは、ない、はず。




思えないほど、

きちんとしなくちゃ

追われていたのかもしれないし。




むしろ

子どもがいたからこそ

さみしくなかったのかもしれない。




そんなグチャグチャな

感情を

ココロを

じぶんのおもいを

知らないとということすら

知らなかったから




荒れるよね




荒れるよね

2回言った!




荒れるんだよ。






いやほんと。

よくがんばったなぁぁぁぁぁ






気づけば

閉じこもることも

ケータイの電源をきることも

冷蔵庫をあさることも

なくなった。




暗いところは好きだし。

ひとりの時間も好き。




皆さんによく

「ものすごく陽」に見られますが、

そんな陰な部分がわたしには強く感じて、

「ものすごく陽」に憧れたりしたものです。






あ、少し話がそれました。




さらっと書きましたが、




さみしさや孤独を感じていることって

結構根深かったりする。




ちっちゃい頃から

やり過ごしたさみしいの積み重ね。




「誰か」に

気づいて欲しかった

見て欲しかった

わたしのかたまり。




誰かは

自分で見つけていい。

誰かは

自分でもいい。




自分にしていくために

手が必要なら

どこにでも

あるかもしれない。




わたしも

たくさん

たくさん

たくさん

たくさん

たくさん

手と力を借りてきました。




そうしていま、

手を借りたい!

と思った人の手をとれる自分で

い続ける努力をしています。






それが

赤ちゃんかもしれないし

園児かもしれないし

小学生かも

中学生かも

高校生かも

大学生かも

おとなかも

おじいちゃおばあちゃんかも




あなたかもしれないけれど。