イメージと所有力
2019.06.10 04:26
蕾の状態で買ってきた
お花が
咲き始めたことが
とても嬉しくて
毎日少しずつ咲いていくお花を
眺めている。
満開になったら
みんながイメージする
私もイメージする
ふわぁっとした姿になるものだと
3日ぐらい前まで思っていたのだが
結果は
イメージする満開にはならなかった。
(日当たりとかなにか至らなかったところがあったのかな)
5分咲きぐらいのお花を
眺めながら
思ったのは。。。
私はこのお花に
イメージ通り咲いてほしいと
イメージ通り咲くのが当たり前だと
勝手に思ってしまってたんだと
お花には伝わってないかもだけど
期待という名の重圧をかけていた。
私はこのお花を
「私のもの」として
いつからか所有してしまったから
期待してしまったということか。
だって
その辺に咲いているお花や
カフェやデパート、お店屋さんにあるお花、公園に咲くお花などなどに
期待はしない。
(もちろん綺麗とか、咲いて嬉しいとかは思うけれど)
期待しない理由は
「私のもの」という所有力が働かないからだ。
自分の
所有力に
驚き、呆れてしまった。
特別が愛となり
愛が所有となり
所有が重圧になる。
愛の間違った方向。
特別という思いは
歪むと執着になってしまう。
心は難しい。
心は難しいけれど
私はその難しい心が
好きである。
(猫である。風の終わりかた)