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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

「仕事をする意味」元川

2019.06.15 21:00


昔の人は「ならぬものは、ならぬものです」の精神で、そんなこと考える余地もなかったのではないか。


現代ではそれをやるとパワハラになるのだそう。とかく現代人は、理由や意味を知りたがる。知らずに盲目的に仕事をしても、それはそれでいいと思うのだが。


何かの本のコペル君的発想をするのであれば、「目の前にある全ての物事は、一人では成り立たない」のである。全ての物は仕事をした人々の手によって成り立っている。


例えば「白米」。日本人なら食べたことがない人は(アレルギーや病気の人以外)いないのではないか。


ではその成り立ちを遡ってみる。


白米

茶碗

しゃもじ

炊飯器

米を研ぐ

精米

籾摺り

乾燥

脱穀

稲刈り

追肥(肥料)

中干し(落水)

基肥(肥料)

田植え

播種(種蒔き・育苗)

代掻き

入水

耕起

畔塗り


ざっとこんな感じの作業である。現代は機械化が進み、何をやるにも機械である。するとその機械を発明した人、その機械を製作した人、その機械を販売した人、その機械を運搬した人、その機械の材料を作った人など、様々な人々が携わっている。


そしてエネルギー(燃料)。トラクターは軽油。機械は電気。ガソリンなどももちろん使用する。その基である原油はどこからどうやってここに来て、燃料に精製しているのか。


白米を作るのに一番必要なのは、「水」。各圃場(田んぼ)には必ず水路がある。その水路から水を入れたり、また水を抜いたりする。その水路は誰が作ったのか?誰が作るのを指示したのか?僕らの地域では多分50年以上前から整備されていたと思われる。


と思いを巡らせれば巡らせるほど、色々な人々が関わっているのが容易に分かる。その人達は全てこれを「仕事」として行っている(た)のだ。


それが仕事。