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うつ病女の記録

自分を守れなかった私

2019.06.18 11:45

こんばんは。

今回は、配属後から適応障害と診断されるまでのお話をしたいと思います。


このお話は少し長くなりますので、要点だけをまとめます。


まず、総務部として先輩や上司からのプレッシャーのなか、3年勤めました。

ここで、皆さまにお伝えしたいことは、

身体を壊す前に逃げていい

ということです。


私は身体を壊し、休職からの退職でしたので、転職活動もままならず、退職してからは焦りと不安に毎日押し潰されてしまいそうでした。

現実逃避のため、処方されている薬を多く飲んだり、アルコールを沢山摂取したり、あまり人には言えないような、自分の弱さから逃げるような事しか出来ませんでした。


なので、これを読んでいる方には、身体が動くうちにストレス要因から逃げることを強くオススメします。


私が適応障害と診断された原因についてお話しします。


【原因】

  1. ​上司からのパワーハラスメント
  2. 自分の総務としての意識が強すぎてしまったこと(部署柄、仕事の愚痴を同期や先輩にあまり言えていなかったので)

上記が、私自身が思う原因の一部です。


まず、パワーハラスメントについて持論をお話させてください。

パワーハラスメントとは、他者に対する行動、言動により他者を批判又は攻撃し、他者の業務遂行に著しく害を及ぼす事。

私は上記のように捉えています。

他者に対する言動とは、

『お前はだめだ』『ゆとり世代は使えない』『お前は怠けている』など、例を出せばキリがないですが、決定的な事として挙げる共通点と言えば、

その人が選べないもの(生まれた時代や性別・状況・身体の疾患など)に対して、個人に批判をぶつける。

という点だと思います。

ゆとり世代の私からすると、ゆとりになりたくてなった訳ではないですし、ヘルニアになりたくてなったわけではありません。


元々総務にいたので言わせてもらいますが、企業に所属されてる方って、必ずハラスメントに関する研修を受けているはずなんです。


『人が嫌がることはしちゃいけない』

そんな簡単なことが出来ない人って、どの年代にもたくさんいるんだと思います。

実際に私が攻撃を受けた相手は、総務部の課長さんでした。


言われて傷付いた事を挙げさせていただきますが、

また、私個人への攻撃だけではなく、

上記は一部ですが、このようなことを個人面談と称した説教タイムのなかで、1時間から2時間ほど個室で怒鳴られておりました。


恋人との同棲が始まったころから、上司の攻撃が強くなっていたため、恋人にはあまり話せませんでした。(恋人のことも色々言われていたため、恋人を守りたい気持ちがありました。)


そしてついに、私は壊れました。


一番始めに出た症状は不眠でした。

眠れないと、一緒に寝てる恋人にも迷惑がかかる、、と思うと尚更眠れませんでした。


次に、涙もろくなっていきました。

朝起きると、会社に行きたくなくて泣く。

夜寝る前に、明日の事考えて泣く。


涙脆いと言うと少し語弊があると感じるので、もっと簡単に言いますと、脳と感情がマッチしていないんですよね。

私は、お米をこぼしただけで泣いてました。笑


いつも出来てた事を少しでも失敗すると、パニックを起こして涙が出てくるんです。

何で私は何も出来ないのだろう。

この頃はそんな事しか考えられていませんでした。

何も出来ない私なんか、死んでしまった方がいい、なんてことも毎日考えていました。


今線路に飛び込んだらどうなるかな。
ここから飛び降りたら楽になれるかな。

こんなこと日常的に考えるなんて、やっぱり正常じゃないんです。

当時渦中にいた頃は、周りの正常と自分の正常がわからなくなっていました。


最終的に、私は玄関のドアが開けられなくなりました。


こんな思考で生活をしていましたので、もちろん会社も休みがち(午前休取って、午後から泣きながら出社)になっていきました。


上司はそんな私の状態が気に食わなかったのか、いつも以上に攻撃してくることが増えていきました。


ですが、たまたまタイミング良く、この状態から抜け出せる日がやって来たのです。


私は持病の薬を切らしてしまい、会社の診療所で処方してもらえるか聞きに行きました。

その看護師さんとは普段仕事で良く顔を会わせるのですが、その時に私の顔色がいつもと違うことに気付いてくれたようで、話を聞いてもらいました。


そこからは、メンタルクリニックの予約や上席への事実確認、産業医の先生との面談と全て段取りしてくださいました。


今思うと、もっと早く周りに相談すればよかったと思いますが、その当時は『自分』ではなく、『恋人や家族』を守るのに必死だったような気がします。

こんな事されてることを相談したら、迷惑をかけるかもしれない。悲しませてしまうかもしれない。


その思いが強かったです。


その後メンタルクリニックへ行き、適応障害との診断を受けました。

診断書を書いていただき、休職願と退職願を提出しました。


この一件について、家族と恋人に仕事をやめたい旨を相談した際、『もっと早く助けてあげたかった』『もっと早く辞めろと言ってあげたかった』と言われました。


この事で感じたのは、もっと早く家族や恋人に相談をしていたら、きっと周りの人は助けてくれてたはずなのに、それが出来なかった自分の情けなさでした。


もし自分ではなく恋人が同じ状況になったら、私はどんなことがあっても恋人が元気になることを一番に望むと思います。

そこが見えていなかった、というよりそれだけの事がわからない状況になっていたのでしょう。


正常な思考が出来ていないと気づいたときには、もう遅いんです。


我慢をする事は、強さでなく弱さです。

自分で抱え込むことは、他人に頼ることより簡単なんです。


だから、どうか今悩んでいる人は

周りの人に助けを求めることを考えてみてください。

皆悩みながら生きてるし、辛いのは自分だけじゃない

なんて考えないでください。


今辛いのはあなたです。

今助けが必要なのはあなたです。


自分を守る強さを持ってみてください。


あなたの助けを受け入れてくれる人はきっといます。





つづく。