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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

「逃避」元川

2019.06.27 21:00




時には逃げることも必要だと思うのだけれど、それでも僕は都合よく逃げている。


「人間は越えられない苦難はない」とよく言われる。それは乗り越えた人の言葉なのだ。


僕もそれには同感する。何故ならば、もしその苦難を乗り越えられないときは、人生が終わるときだからだ。


もしその苦難に直面して、今でも生きているのであれば、それは乗り越えたのと同じなのだと思う。


乗り越えたのか、それとも回り道をしたのか、壁の下に穴を掘って抜けたのか、壁にはしごをかけたのか、誰かに肩車してもらったのか、そもそも壁に背を向けて遠ざかったのか。


一番良くないのは、その壁の前にずっと立ち止まっていることだろう。


昔、会社の上司から「悩むより考えろ」と言われて、その当時、若かった僕はとても悩んだ覚えがある。悩むなと言われているのに(笑)


「悩む」と「考える」は一緒ではないのか?と。


しかし、今なら分かる気がする。悩むはその場で立ち止まっている感じ。考えるは、どちらかの方向に一歩踏み出している感じ。


と僕は解釈している。


その考える第一歩に「逃避」も含まれるのだろう。僕の若い時は、逃げるなんてもっての他!と思っていた。しかし、段々年を取るにつれ、逃げることの大切さも感じてきた。


見ず知らずの分からない道を突き進むより、それよりも来た道を戻って、知っている道まで戻ることも、時には大事。いや、人生それで何とかやっていける。


そして、戻って終わりではない。迷いながらも進んだ道、そして悔しながら戻ってきた道を、経験値として戻ったところから再出発すればいいのだ。


そうは分かっていても、再出発する勇気は中々持てない。


僕は過去の出来事に蓋をして、極力無かったことにしたいだけなのだ。いつかは開けなくてはいけない扉。


「その扉を開けるのは、ギリギリまで待とう」と弱気な僕が囁き続ける。