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やわい屋

6月:梅雨模様

2019.06.30 04:28

6月某日、梅雨真っ盛り。

BGMは荒井由実「雨のステイション」


国府町は霧が深い。

谷あいの集落は午前中、深い霧に飲み込まれる。

仮に天気が良くても青空が顔を出すのは正午過ぎだ。

それでも朝晩は肌寒く、窓を開けて寝れるようになるのはもう少し後になるだろう。


むせ返るような森も匂い、そして嬉々として背を伸ばす木々の青々とした姿に目を奪われる

霧に飲まれた新緑の森は「幽玄」という言葉がよく似合う。

山の青と海の蒼に囲まれて、日本人は豊かな感情を、そして表現を身につけてきた。

ふと、いにしえの人々の暮らしに思いを馳せる‥


万葉集を紐解けば、今日においても色褪せることのない情景がありありと蘇る

千年の昔、TVもラジオも写真もなかった時代‥

人々は言葉と文字と絵で目の前の世界と向き合った。

千年後の世界に僕らの言葉は同じように届くだろうか?

否、きっと届かないことだろう。


僕らは便利な世界で暮らしているけれど、

だからこそ失った叙情が確かにある。

幽玄なる森が身近にあった頃

人と世界との境目もまた霧の中に佇んだ時のように

曖昧で柔らかなものだったのではないだろうか。

そんな世界に生きたいと、どれだけ願っても

便利さと快適さを知ってしまった僕らは

得たものと引き換えに、その場を失ったのだろう。


‥夕暮れ間近、静かに雨があがったので

「今夜は蛍が出そうだね。」そう妻に話した。

彼女は「雨上がりに蛍が出るの?」と訝しげには検索をし始めた。

「あめあがり‥ホタル‥‥雨上がり‥蛍っと」

調べ始めてすぐに、「あー‥だめだ。」と呟いた。

「あれ?違ってた?おかしいな‥子供の頃そう習ったんだけど」

僕がそう言うと、彼女はおもむろにiPhoneの画面をこちらに向けてこう言った。

「【雨上がり、蛍】で検索したら、芸人の情報しか出てこない。」

気の抜けた笑みを浮かべる彼女を連れて、今夜は近所に蛍を見に行こう。


夏がもうすぐそこまで来てる。