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J'aime vivre librement

嘆きの色々

2019.07.01 14:34

根暗なわたしは『嘆き』の表現を研究中。

失恋の嘆きも『追憶』と『今まさに愛を失う』の感覚も表情も違う。



悲しみが深すぎて痛みになり、さらに痛みが増すと憎しみになったり。憎しみにならずに寂しさや喪失感や空虚さになったりもありだと思う。



嘆きに対し、時間軸は表現を深くする深度みたいなものだなと最近よく思う。ある種の『嘆き』が様々な感情を引き寄せ、入り混じり、複雑に絡み合っていき、その感情が今なのか、過去に向かうのか、あるいは未来に向かっていくのか。



以前踊った『鷺娘』は、”今まさに絶望し息絶える”という壮絶な嘆きのシーンだった。失恋の痛みどころではない喪失感・絶望・虚無感・孤独・恐怖・厭世観…ありとあらゆる感情が入り混じり、阿鼻叫喚地獄に堕ち苦しみもがき、死んでゆく。嘆きの感情は今を表すけど感情の渦が未来の死を引き寄せてしまう悲劇。鷺娘はわたしの『嘆き』の表現の原点です。



Diva Darina振付の『Ana Meen』を踊らせて頂く機会もありました。これはレバノン戦争の悲劇を歌った曲。様々なジェスチャーが盛り込まれていて、やり場の無い怒りや悲しみ、理不尽、憎しみ、嘆き、未来を信じる強さがDarinaらしくダイナミックに表現された振付でした。Darina自身がUkline出身だからか、動きや表情に説得力があり、これを戦争を知らない日本人のわたしがどう伝えるか…すごく悩みました。結果、『戦争という理不尽を観客に問いかける』ような表現にはならず、自分の中に受け止め自問し、未来を見据えるような表現に。外国人との表現の差を思い知らされたような。。これはまだ踊り込みも追求も足りていないので、今後深めてまた踊ってみたい作品です。



そして…目下練習中なのは、『La』という泣き女の歌。Laはアラビア語でNoを意味します。


『愛の終末を受け入れられない女』。 幸せだった頃の記憶にしがみつき、現実を受け入れない頑なさと未練、プライド。過去に彷徨い、今を見失う。


今、悲しみと向き合っている瞬間と

想いが過去に彷徨っている瞬間は

明らかに表情が違うでしょう。

過去に向かえば幸せの記憶に突き当たる瞬間もあるだろうし、その時はそっと微笑んだり、はっと我に返った瞬間には表情がこわばり痛みを感じるだろうし。



振付と曲の詞やメロディでどの感情が込み上げてくるか、色々感じて試す作業がすごく面白い。音の消え入る余韻にふっと間合いが出来てそこからまた新たな感情が湧いたり。



振付も曲も素晴らしくて、自分のものとして踊るのはとても難しいけど、向き合っていられることが幸せです。いつかステージで踊れるように練習と研究あるのみ。



最後の写真は先日のライブより。

『恋模様』というオリジナル曲に合わせて舞いました。


報われない想い、冴えない自分に少し投げやりになりつつも抱えた恋心を捨てられない切なさを歌った曲。先に紹介した曲の中ではライトなノリの若く幼い片思い。主人公の『今の気持ち、今感じる痛み』にフォーカスして舞いました。



 ライブの時は深い自分の奥底を探るより、第三者的に歌の歌詞の主人公の心情を演じるような感じで踊っています。ボーカル、楽器、ダンスの三重奏なのでそれくらいの深さがバランス良く見える気がして。色々経験し、悩み、試行錯誤し、最近ようやくそのような使い分けができるようになってきました。


泣き女の嘆き歌は様々。

キャラクターもシチュエーションも表現も千差万別。



演じ分け、伝えられるようになりたいと思う。