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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

「愁い」熊谷

2019.07.06 21:00


拝啓、一天にわかにかき曇るような気象ですが、

いかがお過ごしでしょうか。暫く雨は続きますが、

煌めく紫陽花を見て、心穏やかに過ごしたいものです。


ただし、こうも天気が悪いとどうしても憂鬱さは避けられないものがあります。

憂鬱の憂はそれ単体で「憂い」

これは人の形を模した象形文字で、頭・心・足を表し、つらいなどの意味があったかと思います。


もう一つ、同音で「愁い」

これは秋+心で物悲しさなど悲しいの意味ですね。


まだ夏ではないのに、秋を思うだなんて欲張りだなと自分でも思いますが、何故秋の心が悲しいのでしょうか。


秋それ自体の成り立ちは禾が稲、火が乾かすで収穫の時期を表しているようです。もう一つ、真偽は分かりませんが禾と火の間に虫がいたようで、稲に付いた蝗を燃やす様子を漢字にしたともありました。


もし、全てに生命を感じそのサイクルの中に人間が居ることを切に感じていた古代であれば、その燃やす行為にさびしさを感じ、燃やした後孤独を感じたかもしれません。

…そんな妄想よりか夏の暑さの盛りの後、重陽が来て冬に向かう間に夜が早くくる様が心細く悲しいのかもしれないですね。


ちなみに秋には、一日千秋で使われる「とき」の意味もあるようです。


さて、愁い自体に戻りますが、単純に秋の心で心細さ、そこから物悲しいを表しているようです。


熟語として考えられるのは哀愁や郷愁、愁人などですが、自分は生まれ故郷から出たことが無いため、特に郷愁は想像することでしか分かりませんでした。


ただ今なら少しだけ、ほんの少しだけ分かります。

泥だらけの足を池に沈めたこと

縁側で寝たこと

胸の奥深いところから息を吸えたこと

いつかまた行きたいなと思うこと


多分この気持ちを人は郷愁と呼ぶのではないかと思っています。異論はあるでしょう。私の実体験ですから。


長くなりましたが、結局実体験に勝るものはないのだと思います。

またお会いできる日を楽しみにしています。

敬具