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ダンス評.com

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT/Nederlands Dans Theater)2019年来日公演 神奈川県民ホール 大ホール

2019.07.06 17:48

NDTの13年ぶりの来日公演。4演目で、上演時間は約2時間30分(休憩含む)。座席はほぼ埋まり、公演パンフレットは開演前か最初の休憩中に売り切れ、カーテンコールは多くの観客がスタンディングオベーションという盛況、過熱ぶりだった。


■「Singulière Odyssée」サンギュリエール・オディセ(34分)

振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット、音楽:マックス・リヒター

午前9時36分のバーゼル駅待合室を舞台とした群像劇のようなダンス。共同振付のポール・ライトフットはNDTの専任振付家で芸術監督でもあり、ソル・レオンは専任振付家で芸術アドバイザー。

舞台全体を使った舞台セットにまず驚かされる。木材などで作られた部屋と、ダンサーたちの衣装は、どこか北欧風だ。もう少し南に位置するヨーロッパの人たちにとっても、旅情をかき立てる雰囲気があるのかもしれない。

無言劇のようで、「タンツテアター」という言葉が浮かぶ。彼らの関係性は?何を考えているのだろうか?と想像させる。

洗練されていてそつのない作品という感じだが、深い感動を呼び起こすということでもなかったかもしれない。それでも、ラストの群舞は、音楽もあいまって感極まるようなところがあった。

少し話がそれるが、うまいか下手かだけでないのがコンテンポラリーダンスであって、バレエなら、例えばロイヤル・バレエのクラシック作品の舞台を(映画館での映像上映だが)見ると、全体としてあまりに完成度が高く、申し訳ないけど日本のバレエ団はかなわないと思ってしまうが(もちろんバレエ団ごとの持ち味はあるだろうが)、コンテンポラリーダンスなら、バレエ的なテクニックが最高レベルではなくても、ソロやデュオなど少人数でも、発想やコンセプトや振付が独創的なら、すごく面白くもなり得る。


■「Woke up Blind」ウォーク・アップ・ブラインド(15分)

振付:マルコ・ゲッケ、ドラマトゥルグ:ナジャ・カデル、音楽:ジェフ・バックリィ

振付のマルコ・ゲッケは2013年からNDTのアソシエイト・コレオグラファー。かなりユーモアあふれる作品だと思う。2曲の歌、「You and I」と「The Way Young Lovers Do」が使われている。音楽とシンクロするように動きが繰り出される。

1曲目ではシリアスな感じの踊りだったが、2曲目ではダンサーたちが入れ代わり立ち代わり登場し、面白い動きをするので、思わず吹き出してしまう。ラストでは、1曲目でシリアスに踊っていたダンサーが再登場し、コミカルな動きで笑わせた後、極めつけに客席に向かって人差し指(たぶん)を突き出して、暗転。


■「The Statement」ザ・ステイトメント(19分)

振付:クリスタル・パイト、音楽:オーエン・ベルトン、脚本:ジョナサン・ヤング

振付のクリスタル・パイトは2008年からNDTのアソシエイト・コレオグラファーで、自身のカンパニーKidd Pivotを主宰している。映画館でシネマ上映された英国ロイヤル・バレエの「フライト・パターン」も振り付けている。

この「The Statement」はインターネットの動画で少し見たことがあったが、動画では最後まで見ていなかったことが幸いし、ラストに向かうところは文字通り頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

4人が登場する戯曲のようなせりふと不穏な音楽が流れ、せりふとぴったり合わせて4人のダンサーたちが動く。最初は少しマイム風のようでもあり、会社などの組織内部の不条理を風刺しているようなせりふに聞こえて、クスッと笑えたりもする。

最初に登場した男女が、「なんでこんなことになってしまったんだ」「私たちは上から言われた通りにしただけなんだから」という話をしている。そこに現れた別の男女が最初の2人に、「上の人たちが、あなた方の部署(部門)が単独行動をした(acted independently)と述べることを求めている」と迫っているようだ。しかし、誰がそれを求めているのかという主体も曖昧だ。責任の押し付けや責任逃れの組織体質が浮かび上がる。

後から現れた人物は、「事実かそうでないかはどうかはどうでもいい、ただ単独で行動したと言えばいい」と言う。最初に登場した人物は、「『成長』のための『必要悪』だと言われて、やったんだ!」と応じる。わざと対立を引き起こした、という話のようだ。

conflictと言っていたのがattacksとなって、それがinvestment(投資)やgrowth(成長)のためだっという。これは、一企業の話ではなく、国家的な、攻撃や戦闘行為の話なのだろうか。

単独行動だったと言えと迫られている2人のうち、一方は「みんなに真実を知ってほしい」と言うが、他方は「彼らの言う通りにしよう、そうすればうまくいく」という事なかれ主義だ。

後半では、「上の人たち」を代弁していたはずの人物が取り返しのつかない失言をしてしまい、同じ側にいた人物から追い詰められる立場になる。最初に責められていた人たちは解放されるが、それは真実が闇に葬られることも意味する。

立場が変わってしまった人物は、今度は自分が「単独行動をした」と言えと迫られる。それを記録しておくために。本当は、「上から言われてやった」のに。そして、冒頭の場面のせりふが繰り返される。「上から誰かがやって来て、全て解決するよ」と。そして、きっとこれが永遠に繰り返されるのだ、と予感させて、終わる。

act independently(単独行動をする)のほか、statement(発言、陳述、宣言)、resolve itself(解決する)、on the record(録音する、記録に取る)などの言葉もキーワードになっている。

非常に怖い。これは、まさに今の日本社会なのではないか?「上」とは何か?実体があるはずだが、彼らはうまく立ち回り、真実は永遠に明るみに出ず、責任の所在は常に曖昧で、人々はいつものことだと理不尽な争いや戦いに無頓着になってしまっている。そして、自分に災難が降りかからないように、「自己検閲」し、「忖度」するようになってしまう。「上」とは、国民や市民が自分たちで見えなくしてしまった権力や圧力のことではないだろうか。

クリスタル・パイトは、Optoの公演「optofile_touch」で上演された振付作品「The Other You」でも、衝突や支配を表現していた。

英国ロイヤル・バレエのトリプル・ビルのシネマ上映で「フライト・パターン」の振付家としてインタビューに答えたクリスタル・パイトは、「作品が社会的かどうかなんてどうでもいい。ただ、私が社会に対する反応としてできることはダンスを創ることだけだ」というふうに言っていた。

「The Statement」が、社会を映す鏡のように敏感に鋭敏に、しかしただ映すよりももっと力強い生ものとして見る者に迫ってくる、社会的ということさえ超えた、「私たちの物語」「私たちのダンス」でなくて、何であろう?

最後に流れたせりふは「end(終わる、終わり)」だったと思うが、この作品は終わらない、観客の心に刺さり、続いていく。

芸術的に優れていて、同時に、私たちの生活や生きていることの実感と直結している作品だ。日々の忙しさの中で思考がぼんやりしがちな私たちを覚醒させてくれる。

後半の、テーブルの上と下にそれぞれいる2人ずつを交互に照らす照明にも感心した。闇と光との強烈なコントラストで、どちらかのペアに光が当たってせりふが流れているときには、もう1組の人たちは消えてしまっているように見える。

▼クリスタル・パイト振付「The Statement」(NDT)動画 ※現在、動画は見られない状態のようだ。

▼クリスタル・パイト振付「フライト・パターン」(英国ロイヤル・バレエ)

▼クリスタル・パイト振付「The Other You」(Opto)


■「Shoot the Moon」シュート・ザ・ムーン(23分)

振付:ソル・レオン、ポール・ライトフット、音楽:フィリップ・グラス

1つ目の作品と同じ振付家たちの作品。音楽は、とても聞き覚えのある、ノスタルジックでややメランコリックな曲。

ドアや窓でつながった3つの部屋を舞台中央に設置し、それが回転して、順繰りに正面に現れる。回転式のドアのような原理の装置だ。スクリーンが2つあり、2人がぞれぞれリアルタイムで撮影しているダンサーたちの姿が映し出されていた(上演中は撮影者たちの姿は見えない)。

抒情的で、カップルたちの関係性が気になってくる作品。

ラストの映像で、一方のスクリーンに映っている女性ダンサーが他方に映っている男性ダンサーの方へ歩いていき、女性はスクリーンから消えるが、男性ダンサーが、まるで女性ダンサーが体内を通り抜けたかのように体をうねらせた動きをしたところがよかった。体の中に彼女の記憶が残っているかのようだ。

最後のカーテンコースのみ写真撮影がOKだった。

比較的価格の低い席が早々に売り切れていたので、思い切って9000円の席を買ったが、結果として1階席で見られてよかったかもしれない。

公演を見ているとヨーロッパにいるような気分になり、公演後は横浜の海を見て、清々しい気持ちになった。NDTにとって日本に来るのはもはやあまりうまみがないかもしれないが、ぜひ頻繁に来日公演を行ってほしい。


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会場:神奈川県民ホール 大ホール

日時:2019年7月5日(金)19:00、7月6日(土)14:00

※開場は開演の30分前

料金: S席 12,000円 A席 9,000円(U25 4,500円) B席 6,000円(U25 3,000円) C席 4,000円(U25 2,500円)

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