ずっと眠かった話(山野莉緒)
私は起きたらまずLINEを確認するのですが、今朝起きたら
「おはようございます
今日は、1限があるので
会えると思います!」
というメッセージが、やまだまやちゃんから届いていました。
そういえば寝る前に、
「明日フライヤー渡したいんだけど学校来る?」
と送っていたのをトーク履歴を見て思い出しました。
まやちゃんからのメッセージは6時43分に届いていましたが、私がそれを読んだときにはすでに1時間以上が経過していました。
お家が遠いというのは聞いていましたが、1限に出るためには6時台に起きなきゃいけないんですね。なんて真面目で健気なんだ。すごい。えらい。かわいい。
それなのに私ときたら、まやちゃんより1時間も遅く起きておいてまだ頭の半分以上が寝ていました。
「ありがとう.20何時に終る?」
は? 何? 日本語喋れよ。
しかし健気なまやちゃんは
「10:30に終わります!」
と返してくれました。7時54分でした。そして私は、
「ごめんそしたろ今まさにもう家出ないと間に合わないくらいの感じだぁ
ちょっと難しいなぁ、ごめん……」
と返しました。9時22分でした。
そう、9時22分でした。1時間半後でした。健気なまやちゃんが早起きをしてせっせと支度し、黙々と歩き電車を乗り継ぎ、真面目に1限を受けている間中、がっつり二度寝を決め込んでいました。
その上のうのうと誤字を送り付け、極めつけに大してかわいくないウサギが目に涙をためて命乞いをするという、小賢しいスタンプまで押していました。許しがたい。こいつを裁きたい。
「あ、全然待つつもりでいたんですが何時に着きますか?」
「それまで時間潰してますね!」
「ゆっくりきてください😁」
健気でかわいくて優しいまやちゃんは、返信にわざわざこんな満面の笑みを浮かべた絵文字まで付けてくれました。「私はあなたのひどい仕打ちにもこれっぽっちも怒ってません。こんなにも歯を見せて笑っていますのでどうぞご安心ください」というサブテキストを私に無理やり読み取らせようとしているのです。さすが演技学科。
実際にどのような表情を浮かべていたのかは恐ろしくて考えることもできませんが、私に対してはあくまで笑顔を貫き通そうとしてくれているのです。なんていい子なんだ。それに比べて私はなんて卑劣な人間なんだ。
私からフライヤーを受け取るためだけに1時間半も暇と怒りを持て余しつつ待っていてくれた、健気でかわいくて優しくて人間の鑑みたいなまやちゃんから、皆様どうかフライヤーを受け取ってください。そしてぜひご来場ください。
やまだまやちゃん扱いの予約フォームは、こちらです。
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あの、これは言い訳ではないので、どうか聞いてください。
私が二度寝してしまうほど眠かったのは実は全部、蓮見翔さんのせいなんです。
前夜の23時半頃、私は「小屋入りと撤収の際、車を出していただけませんか?」という旨のLINEを蓮見さんにお送りしていました。失礼にならないよう丁寧に書いたらいつの間にかそこそこ長めの文章になっていました。よくやる失敗です。
まだ知り合って日が浅いため、蓮見さんとのトークには、私からお送りした業務連絡とそれに対していただいたお返事しかありません。シフトに関するやり取りしかない、バイト先の店長との冷めきったLINEとそう変わりません。よろしくない。これから同じ座組でやっていくのに、対等じゃない。そもそも蓮見さんのほうが年上なのに、主宰で演出だからって偉そうにしてると思われる。こんな明確な上下関係がありそうなLINEじゃなくてもっとハートフルなあれがいい。
それなのにまたこちらから鬱陶しいくらい長い業務連絡を送り付けてしまいました。申し訳ない。いい加減、読むの疲れちゃうかもしれない。しかも今回は足に使わせてくださいだなんて、もうブロック削除されても仕方ない。
びくびくしながら返事を待っていたのですが一向に音沙汰がなく、本気でブロックを心配し始めた深夜2時半、半泣きの私のもとへ1件の通知が届きました。恐る恐る確認すると、
「いーよー!!」
うわっ。
時間帯にもびっくりしたし承諾してもらえたのもびっくりしたしノリの軽さにもびっくりしたし、およそ年上とは思えない伸ばす棒にもビックリマークの量にもびっくりしました。
とにかくびっくりしたので思わず素直に、
「うわびっくりした笑」
やってしまいました。
タメ口をきいてしまいました。
一生懸命考えた結果として長くなってしまった文章を、それでも失礼よりはマシだと自分に言い聞かせ勇気を振り絞って送ってきたのに。ちょっと不意打ちに遭っただけで思いっきり気が抜けて、秦さやかのだる絡みに返すときと同じ完全にバカにしたテンションで言葉を選んでしまいました。なんだったんだ、あの長文の数々は。なんだったんだ、私の努力は。
でも私はトーク画面を開いたときに、相手からの「メッセージの送信を取り消しました」があるとえっ何なになになに!? と命の危機を感じるレベルの不安にかられてしまうタイプなので、「うわびっくりした笑」を取り消すか否か、ひいては蓮見さんの命の重さについて深刻に考え込んでしまいました。
するとさっきは2時間も猶予をくれた蓮見さんが今度はすぐに既読をつけてきて、
「びっくりさせてごめんなさい!!!!」
え~~~~ビックリマーク~~~~!
ビックリマーク増えてる~~~~!
先輩に謝らせてしまったしビックリマーク多い~~~~!
蓮見さ~~~~ん!
本音で話して〜〜〜〜!
まぁでもとりあえず、私がうっかり投下してしまった爆弾は不発に終わったようでほっとします。気を取り直して、「それではよろしくお願いいたします」という内容の、もちろんそれなりに丁寧なメッセージをまとめ的なニュアンスを込めてお送りしました。
お気に障らずに済んだようだし、お話もまとまったしよかったよかった。あー、寝よ。
歯を磨いて戻ると、蓮見さんからスタンプが届いていました。
ああ、まとめ的なニュアンスを察して、最後にスタンプをくれたんだな。無事に会話できてよかった。既読だけつけて寝よう。そう思ってトークを開くと、
「はーい!!!!」
でた!!!!ビックリマーク!!!!
そしてその下に、白い、これは何?? ムーミン???? ムーミンに見えるけど恐らく違う、何か、人外の何かが、これは何?????? せんべい?????? 皿に盛られたせんべい???? いや、カゴに入ったミカン????????
わからない生き物がわからない食べ物を、「パクパク」「ムシャムシャ」とでかい咀嚼音を立てながら一心不乱に貪り食っているおぞましいスタンプが押してありました。
「そのスタンプであってますか……?」
そう尋ねたかったのですが、時刻は3時を回っています。蓮見さんにも悪いし私も眠いです。
これはただ会話の終わりを察したときにとりあえず押す、そういうやつだ。うん。そう勝手に納得し、既読無視してそそくさと布団に入りました。
しかし、しばらく目をつぶっていると不意に「ツッコミ待ちだったらどうしよう」という、一周回った不安と謎の使命感が襲いかかってきました。
いや、蓮見さんがそんなわかりにくいボケをするはずがない。するんだとして、初心者の私にそんな上級者向けのボケを振るはずがない。
寝よう。
……いやでもボケじゃないとしたら、あのパクパクムシャムシャのスタンプはやっぱりおかしくないか???? 何か別の意図があるのか?? あのスタンプに一体どんな意味が込められてるっていうんだ??
ああ無理、直接聞きたい! と思ったときにはなんと4時になっていました。窓から差し込む光にキッチンは白く染まっていました。静謐な朝でした。
だめだ。スタンプが送られてから1時間以上経ってる。今さらこの話を蒸し返したらおかしい。でも気になる。
正しいリアクションが何なのか気になる!!!!
考えすぎて睡魔はどこかへいってしまいました。でもとにかく布団にもぐって目を閉じよう。明日はまやちゃんと待ち合わせるかもしれないんだから、早く寝て、早く起きなくちゃ。
そんなことがあっての、今朝だったのです。
悪いのは蓮見さんです。私は被害者です。かわいそうなんだから、むしろ二度寝くらいさせてください。
その後、秦さやかにスタンプの真意がわかるか尋ねてみると「特に意味ないと思うよ」とあっさり言われました。私は1時間悩んでも答えが出せませんでしたが、彼女が答えるまでには一瞬の間もありませんでした。
それが、蓮見さんという人のようです。
もう少し仲良くなりたいと思います。
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そういうわけで寝坊し、急いで待ち合わせに向かった私はひどく眠かったし、完全にヤニギレを起こしていました。
寝タバコはよくないと聞いたのでなるべく控えています。だから、寝ると決めたものの蓮見さんのせいでなかなか寝付けなかったあの間も。二度寝から目覚めわずか10分で家を出て、2分乗り換えを繰り返しつつ終日禁煙の駅構内を移動し続けたあの間も。
ずっと煙草が吸えなかったのです。
喫煙所を求めて練馬の地をさまよい、私がたどり着いたのは、その日の稽古場となっていた区民館でした。集合時間まであと1時間もあります。
でもここなら煙草も吸えるし、飲み物も買えるしトイレにも行ける。私の1日は基本的にその3つの工程の繰り返しでできているので、何ら問題はありませんでした。
若干盛ったつもりでしたが、改めて考えるとまじで、その合間にちょっと台本を書いたりちょっと稽古をしたりしているだけなんですね。気付きました。うわ、私ってばなんなんだろう。こんなんで生きてる価値あるのかな。
喫煙所は区民館の駐車場の端にあり、ちょうど敷地全体を見渡すことができるので、座組の誰かが来るまでここで待つことに決め、私はようやく、ようやく、この日最初の1本に火をつけました。
最高の気分でした。
カフェの狭い喫煙所や駅前の混み合った喫煙所よりどこより、広くて自然に囲まれていて、自分以外誰もいない場所で吸う煙草が一番おいしい。富士山の麓のパーキングエリアで吸った煙草が人生で一番おいしかったです。アルプスの山の上の草原とかで吸ってみたいものですよね。
しかし、そんな心地を長く堪能してはいられませんでした。
駐車場に唐突に子どもたちが増殖し始め、一瞬にして大縄飛びが始まったのです。
ここは区民間の方が案内してくれたれっきとした喫煙所なのですが、さすがに目の前に子どもたちがいては遠慮してしまいます。教育上よろしくない? でもここだったらす、吸ってていいんだよね? ちょっあんまこっち見ないで、チラチラ見んのやめて……。
ドキドキしながら2本目に火をつけたとき、再び唐突に、今度は子どもたちがケンカを始めました。子どもの考えって、彼らなりに理屈が成り立ってるんだろうとは思ってもなかなか理解が追い付きません。どうやらみんな縄を跳びたいらしく、回す人を押し付け合ってケンカをしているようでした。
ど、どうしよう。どつき合ったりとかしてる。ケガしそう。周りに大人はいない。
「……私、回そうか?」
気づくと、まだ半分も吸えていない煙草を灰皿に押し込んでいる自分がいました。
それなのに、子どもたちは「誰、この人」「どうする?」などと呟きながら、顔を見合せています。あ~~、え〜〜! 今この子たちにとって私、ただの不審者なんだ!!!!
切ない気持ちになりました。もしかすると不審者のうち1/3くらいは、こうした不器用な愛によって生まれた悲しきモンスターなのかもしれない。でも子どもたちよ、その思考は正しい。素晴らしいぞ。えらいぞ。その曇りなき眼で真実を見定めなさい。私を不審者だと思うのなら、防犯ブザーを高らかに鳴らしなさい。私は逃げも隠れもしない。
「回してほしい」
と、一人の女の子が、小さな声で言いました。すると子どもたちは、やっぱり唐突に、私を受け入れてくれました。
よかった。一時は覚悟もしたけど、やっぱりブザーの紐、引っ張られなくてほんとよかった。理解はできても共感はできない。傷ついちゃうもん。
それからおよそ30分もの間、私はひたすらに縄を回し続けました。八の字跳びと郵便屋さんの落とし物をしつこいくらいに遊び倒し、子どもたちが唐突に「もうやらない!」と縄を放り出すまで、回し続けました。
縄とともに用済みになった私は、ちょうど稽古の開始時刻も迫っていたので、みんなとバイバイして大縄を手に区民間の受付へ向かいました。
「16時からの、小雨観覧車です」
「はい。その縄は?」
「あ、子どもたちが」
大縄を差し出すと、職員さんたちが笑顔で頭を下げてくれました。
「すみません、ありがとうございます」
「遊んでくださってありがとうございました」
「どうも、お世話になりました」
とても温かい気持ちになったのと同時に、やっぱりなんだか切なくなりました。
面倒を見たつもりはなくて、ただ一緒に楽しく遊んだと思っていたのに、遊んで“あげた”ことになってしまうんですね。一歩間違えれば不審者にもなってしまうんですね。そっか、私ってもう、大人なんだ。そりゃそうだよね。煙草吸ってんだし。小学2年生といっていたあの子たちの、倍以上も生きてるんだね。
子どもは苦手ですが、嫌いではないんです。
大人として、彼らのお手本として、彼らを見守る存在として、どう接したらわからないんです。私が関わることで彼らの輝かしい未来に影が差すようなことがあったら、どうしようって思ってしまう。そんな責任とても負えないから、関わりたくない。
でも今日はそんなこと考える暇もなく、夢中で遊んでしまいました。そしたら、楽しかった。いつも色々考えすぎなのかな? ただやっぱりきっと、それだけじゃだめなんです。私は世間から見たら大人だから。大人になっちゃったから。
ますます、子どもへの接し方がわからなくなりました。でも苦手意識は少しだけ減りました。
その後の稽古でお借りした部屋に、何故かマッサージチェアがありました。
“いきなりマッサージチェア”だ。対義語は“前もってスクワット”でいいのかな。
いろいろあって寝不足で、元気いっぱいの子どもたちと遊んで、稽古場でみんなに囲まれながらマッサージを受けて、心も体もゆるんだら、すっごく眠くなっちゃいました。
やっと書き終わった!!!
今から寝ます!!!あれーー昨日より遅い!!!
おやすみなさい!!!!
まやちゃんは、そろそろおはよう!!!!
こんな私、山野莉緒扱いの予約フォームはこちらです。
優しくて面白くて素敵な人ばかりのあったかい座組で、みんなが甘やかしてくださるので、おかげさまで作演としてのんびりじっくり、好きなことや楽しいことを追及できています。
甘やかされ過ぎて未だに脱稿できていませんが、あのそれは本当に頑張ります。
きっと素敵な作品になると思います。
皆様のご来場を心よりお待ちしております!
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