クソリプちゃんの正体
脳みそを解剖したものが何かの役に立たないかなって思う
Twitterでは消してた絵
過去なので冷静に分析する糧にするぞー←これがクソリプちゃんです
クソリプちゃんは客観視
常に自分の行為や考えに客観的なツッコミをする
理性とか常識とかプライドとか羞恥とか指摘とか
お前は変だぞ
そんなことを言ったら叱られるぞ
ということを言ってくる
この子がいると誰かのふりをしないと何も言えなくなる
愚かな人間を演じているふりじゃないといけなくなる
こんなこと書いてめっちゃ黒歴史で草byクソリプちゃん
客観視といってもそれは完全に主観
なぜなら第三者ではないから
他者はクソリプちゃんみたいなことを思ってるわけじゃないし
他者はクソリプちゃんほど自分を見てはいない
ここでいう他者もまた主観によるものだけど
そんなクソリプちゃんが自分の行動を制限することによる利点も欠点もある
創作の時にはクソリプちゃんがゆっくりしてくれるから創作が好き
日常はクソリプちゃんオンステージだから好きじゃない時が多い
けど普遍的、模範的、いい子で社会的でいられる
だからって全能なわけじゃないし見かけだけだけど
そういうことをしていると創作側の自分が見えなくなるため
自分が本当にやりたいことがわからなくなる
これは真面目で優等生タイプの人間に多いのではないか?
他者の顔色を伺って結局自分の意思がわからなくなるやつ
だから創作は楽しい
でもそれだけじゃだめで
創作脳はめちゃくちゃ強情でわがままでこだわりが強くて
創作に限らないけど
他者と仲が深まるとだんだんクソリプちゃんは警戒を解いて
創作とか本質のやつが現れるけど
その強情さが他者を蝕みそうになり
クソリプちゃんが自制し
それはすごく疲れるので
結局一人になり協調性がないカテゴリになる
クソリプちゃんの出番の少ない生活を一年続けたが
そろそろまたクソリプちゃんに頼らなきゃいけない
クソリプちゃんの出番を減らす生活ではご飯が食べられない
金銭的にも精神的にもそうらしい
こういうクソリプちゃんが痛いな~って思うような文を見返すと
自分も同じようにきもいな~ってなるので消したくなる
そういう思いを絵や漫画や詩的な文にすれば素敵なものだなーってなるし
何度も読み返したくなるけど
それだと他者に理解されにくく見えて
できるだけ他者に直球で理解されやすいきもい文にして残しておかないと
結局自分にしかわからない思いで消えてくのが悲しいなーと思ったので
こういうサイトを作ったのである
わざわざネットに流さなくてもって思うけど
ここ以外に載せられるとこがないからって理由
もっと文才とか表現力とかがあって直球じゃなくても作品として語れたら一番いいけど
やっぱりわかりにくいものしかできない気もする
意味が分からないのレベルが深くない名作とか
わからないレベルが深すぎるけど名作とか
思いを作品にしていろんな誰かに内容を分析されるような
そういう人間に憧れたのかもしれない
けど批判は怖いしマーケティングとかやだし
創作の自由を守るにはこういうやり方が一番いい
ここに書いてしまったら消費しちゃって創作が滞らない?
かどうかの実験だこれは
多分一般人と自分が思っている人はこういう思いを
友達とのお喋りとかで消化してるんじゃないかなーって思っている
それができないからこうしているわけだ
あとこういう思いを述べたことでこれを見つけた誰かの何かになってほしいなという期待
結局自分の創作に効能を求めてしまうところが寂しい
創作は自分のためにあるから行うだけで効果があるけど
自分の中だけでくすぶるのが悲しいので他者への効果を求めてしまう
多分自己肯定のためにそういうのを求めている
ちょっと遠くに行ったからクソリプちゃんの絵についてに戻ると
じゅつーの代理はご存知のようにシビナルちゃんとルビナルちゃん
クソリプちゃんの外見はルビナルちゃんと同じなんです
え?身長も髪型も違う?
その辺は代理の二人のお話が進められたら作品として解説したいよね
正直代理の二人がこんな風な形で作品と化すのは全く予想外
10年くらい前の創作と、当時の自分と、今の自分を組み合わせてできる作品だなんて
ナイス発想だ自分
だからそのきっかけをくれた企画にはほんとに感謝だし
企画に参加しようと思えるきっかけになった天刑で繋がった方々にも感謝
めっちゃ自分勝手な感謝だけど
だって繋がりに行ったの自分だし
感謝したいのはその自分に構ってくれたことだよねそれだね
ということで代理二人の作品、ご期待ください
なにするか全く決まってないけど
感情を表出したい時にその時やりたい形で作品にします