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加藤典子

神社で起きたこと

2019.07.08 07:50

朝から失態を犯した私。スケジュール管理の甘さを露呈してしまいました…ので、反省しながら草むしり。(廊下ののび太くん的なアレではなくいつものボランティア活動です。)


今日はこども食堂の日。毎月開催されるこの食堂ですが、今回は静岡から劇団の皆さんが子供達のために来てくれます。

本物の演劇を身近に、と活動されるspacの皆さん。プロフェッショナルの音楽演出家と演劇俳優のパフォーマンスはチラシの軽ーい感じからは想像もつかない熱。ライブとはかくありき。久しぶりにぞわぞわっと鳥肌が立ち、大笑いしました。

熱のこもったもの。どこか冷めた日常に明かりを灯してくれるように心にぽっと火がつく。

アートも音楽も演劇もこうして全身全霊で表現をする事が人間らしさを感じさせてくれるんでしょうね。

子ども達の心にも火がついてるのが見ていてよくわかる!素晴らしい演劇でした。

演劇の後は劇中で使われた楽器を思い思いに演奏したり中くらいのヤギ(プロの役者さん)にエサをやったり。笑

ヤギの哀しそうな顔…でも子供達は夢中です。


このあたたかい場所があったから、優しいひとたちがいたから、こども食堂もでき、演劇とも出会えました。心から誇りに思える地域なんです。えっへん。


夜はその場所で後援会のみなさんへ市政報告会。昼間の熱気はどこへやら…小雨も降りだし、集まってくれるか不安が募ります。

市政報告会なんて言っても、たった2ヶ月の活動。

美味しいご飯も、楽しい演劇もない。

心配しましたが、時間になれば沢山の支援者の方に集まっていただけました。

涙ちょちょぎれる。(死語)


国会議員、県会議員、市会議員、副市長から国政、県政、市政と、分かりやすく、そして楽しく報告できたかな、と思っています。

政治は分かりにくい。そして全てをスパッと解決できる魔法の杖はありません。それは老若男女、全ての人が違う価値の中で生きているからこそ。


誰かを救えば誰かが泣くこともあります。でもその泣いてしまった誰かが救えた誰かを思う気持ちが社会には必要なんだと思っています。

泣いた自分もそれで救われるから、誰かを責め続けるような社会にはしたくない。


見ようとしなければ見えない、知らなければなかった事になる中でどれだけ広い視野で考えていけるか、私にもまだまだ未熟すぎて自分のポテンシャルはわかりません。自分に出来ることは何なのか、毎日悩みます。


今は全てを飲み込んで"がんばる"としか言えない私だけど、そんな拙い言葉で意を汲んでくれる広い心の支援者の方たちの"がんばれ"が熱くて、ここでもやはりライブ感がありました。みんなの心に小さな優しい火を灯すことを続けたい。少しづつ少しづつ。