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「向いていない」のは才能か

2019.07.18 22:06

「音楽を習う」というのは、必ずレッスン以外の時間の確保を必要とします。


例えばジムとかヨガだったら、定期的にその場所に行って実践すれば満足感を得られますし、実際に身に付くことも多いです(本当はそれだけでは良くないのかもしれませんが)。


しかし音楽のレッスンは勝手が違い、どうしてもレッスン時間だけでは足りません。


なぜなら、音楽をすることは「自分自身のユニークな感覚を手に入れる必要があるから」なのです。


例えばレッスンで「歩く」という行為がテーマになったとします。先生は「歩く」ということが何なのかを伝え、実際にお手本も見せますが、生徒さんとしては話を聞いて見ただけにすぎません。もちろんレッスン時間に実践的に歩きます。しかしレッスンの短い時間で完璧に習得することは大変に難しく、結局最も大切なのは自分で考えて実践を繰り返す時間を確保することなのです。したがってレッスンという時間は、正しい知識と方法を得ることがメインの場であり、生徒さんのすべきことはレッスンで出た課題を次のレッスンまでに研究・実験することなのです。


次のレッスンまでに「歩く」ことができるようになれば、その「歩き」のクオリティを上げるための方法や知識を得ることができます。また、歩けるようになったので今度は「走る」「高くジャンプする」「スキップする」などの発展的な話題へと進むこともできるのです。いずれは走り幅跳びも夢ではなくなるわけです。


しかし、前回のレッスンで伝えたことを実践できず停滞したり忘れてしまったらどうでしょう。「歩く」のその先にある話題に進むことは到底できません。結局、前回と同じ話や実践をすることになるわけです。


工夫してくれる先生の場合は違う角度からのアプローチをしてくれたり、もっと生徒さんに合う実践方法を模索するかもしれませんが、そうであっても結局は同じ場所から動いていません。


こんな状況がレッスンのたびに繰り返されてしまうと、習っているほうも教えているほうも楽しくありません。音楽は楽しいはずなのに、先が見えてこないことでつまらなく感じてしまう。みんな嬉しくないですね。


ピアノなどのとりあえず音が出る楽器は、たどたどしくても簡単な曲にチャレンジすることはできるかもしれません。しかしトランペットなど管楽器は、音を出すこと、音の変えることの感覚を理解して身に着けることが必要なので、それが習得できないと楽譜に書いてあることを音にすることすら難しいわけです。

音の出し方、音が出たときどのようなサウンドなのか、音の高さを変化させる方法や見本演奏、実践してアドバイスをすることはできても、その先にある習得して感覚的に身につける段階は自分自身の体の使い方と向き合う主観の時間が絶対に必要です。指導する側は生徒さんの主観に入ることはできませんから、手助けしかできないのです。



音楽に限らずどのような分野でも、「向いていない」という言葉を耳にします。

確かに適性はあるかもしれませんが、たいして追求していないのに「向いていない」と言ってしまう人が大変多くいる印象を持っています。

何でもそうですが、きちんと向き合って正しく実践し続ければ、それなりにできることがほとんどです。適性とはできるできないではなく、その先の話です。



そんなこと言っても、趣味で音楽のレッスンを受けている方にとって練習時間の確保は大変に難しいことであるのは十分承知しています。ですから、命をすり減らしてまで練習しろなどとは言っていません。大切なのは少しでもいいからレッスンごとに進むこと。そして方向性がブレないこと。


前回のレッスンで何をやっていたか覚えていないのは論外ですが、何が大切で、どんな結果を求めていくのか。それを理解してイメージできていればレッスンは楽しくなります。


レッスンで一番辛いのは、何度も同じ話をすること。そして方向性が定まってくれないことです。

レッスンからレッスンの間、練習できずに前に一歩も進んでいなくてもお伝えした正しい知識を忘れずに理解し、進んでいなくても進むべき方向が明確に定まっていることが大切です。

それを維持するくらいの努力はレッスンを受ける上では絶対に必要である、と覚えておいて欲しいです。


そうしたらレッスンは楽しくなります。





荻原明(おぎわらあきら)