ガラスの天井そしてガラスの地下室
2019.07.13 15:47
(メーガン・ラピーノ:アメリカ女子サッカー・キャプテン)
【ショート・エッセイ】
女子サッカーWCに優勝したアメリカ・チームのキャプテンのメーガン・ラピーノがFIFAに女子は日程や賞金額において差別を受けていると抗議し、さらに差別主義者のトランプのいる「ホワイト・ハウス」の祝勝会には行かないと表明した。
これはファミニズム用語で〝ガラスの天井〟(glass celling)に対しての抗議とも言える。つまり、女性の一定以上の昇進を阻んだり、一見してなさそうに見えるが歴然としてある女性差別のことを指す言葉。
それだけに止まらず、メーガンはゲイなのでLGBTや人種の差別にも物を言っているのだが……。
この〝ガラスの天井〟に対してアメリカの社会学者ワレン・ファレルが『The Myth of Male Power(男性権力の神話)』の中で提唱しているのが、〝ガラスの地下室〟という言葉。上記のcellingに呼応してcellar(地下室、食料貯蔵庫)としているところがミソ。
この言葉は、男性が収入と引き換えの危険な職種や長時間勤務、自殺、病気や事故による高い死亡率、徴兵、死刑といった過酷な状況に押し込められ、「使い捨てにされている」現実を表現している。
この〝地下室現象〟は日本における最近の〝おっさん罵倒〟〝おっさん差別〟も当て嵌まると思う。曰く「古い価値観に固執し、過去の成功体験にすがり、年功秩序に盲従し、異質なものを受け入れない」権化として、〝おっさん〟は苛烈に罵倒される。仮に〝おっさん〟とも共通している点も多い〝おばさん〟差別をあからさまにやると、酷い反撃を受ける。だが、〝おっさん〟に対する差別に限ってはフリーハンドになっている。誰も反撃せず、ボクシングジムのパンチング・ボールのように散々叩かれるままだ。
これって、「差別を許さない社会」のガス抜きが、〝おっさん〟差別に向かっているのかしら?
散々家族のために身を粉にして頑張って来て、その報酬が罵倒というのは、ファレルでなくとも、涙を誘う。