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naoco inoue

陶芸作家からネイリストへ…Part1

2019.07.15 00:52

みなさん、こんにちは、naocoです。


実は先月末にメイト陶芸教室を退職しました。

約2年アルバイトをさせて頂いたメイト。

会員様は皆さん優しいし、体験で沢山の方とお話しできるのも楽しいし、何より大好きな陶芸のお仕事。

ずっと働き続けるつもりだったんですが、残念な事に出勤日数を半分に減らされてしまい、泣く泣く退職を決意しました。


ダブルワークでなんとかメイトのお仕事を続ける、という方法も考えたけれど、なんかね、違う気がした。


そして転職活動スタート。

もちろん陶芸関係の仕事探し。

だけど土日も夜も働けない状況では、なかなか見つけられない。


仕方なく長年慣れ親しんだ陶芸関係ではない仕事を探すべく、とりあえずハローワークへ行ってみるものの、感じるのは違和感。

タウンワークのページをめくりながら、感じるのは違和感。


シングルマザーは子供を育てる為に自分一人で踏ん張って、頑張って、稼がないといけない。

だけど、その子供の為にやりたくもない仕事を嫌々するのはどうなんだろう…?

そんな姿を子供に見せるのは、果たしてその子の為になるのかな…?


なんか、釈然としない。


娘のゆーわんは、私が陶芸をやってる事が嬉しくて、彼女にとって私は自慢のママなんだそうだ。

こだわって選ばなければ、今の日本、仕事なんて何でもある。

ありがたい話だとは思う。

だけど…私はゆーわんの自慢のママをやめちゃっていいのかな?

私は…やっぱりゆーわんの自慢のママでいたい。


美術大学での4年間、

専門学校の2年、

作家としてだけでなく人として尊敬してやまない川尻潤先生の工房で過ごした3年間、

京都は西陣の町家、藤森寮にあった私の工房兼お店「vegan pottery nao」、

訓練校の夜間訓練に試験場の在職者訓練、

百貨店での展覧会や色々なギャラリーさんでの個展やグループ展、イベント、

私の拙い作品を嫌がらずに店頭へ並べてくださった茶わん坂の洛趣舎なかにしさん、

館長の戸田さんはじめスタッフのみなさんや実演仲間と楽しく過ごした京都伝統工芸館、

他にもいっぱいいっぱい…

京都時代の事を思い出すと、本当に感謝の想いが溢れます。

とても楽しかったし、本当に長い年月を陶芸とともに歩んで来ました。


精華大学(美術大学)の陶芸科を卒業する時、私は18歳やそこらで選んだ「陶芸」という道に責任を持つ自信がなくて、アメリカ村にある靴屋のデザイナーとして就職をしました。

ファッションキ◯ガイだった当時の私にとって、アメ村のお洒落な靴屋さんのデザイナーなんて、なかなかのもの。

だけど気の強い若者バカモノだった私はたった4日でその仕事を辞め、そこから雑貨店のアパレル担当やら、キャラクターグッズ屋さんやら、ペットショップやら、プー太郎やら、まぁ色々な仕事を経験しました。

(最後のは仕事じゃないですね、笑)


その後、音楽好きという理由から入ったCDショップで6年間働きます。

途中から契約社員になり、最後の2年は小さなお店の店長もさせてもらいました。

だけど、全国に100店舗以上あったそのCDショップは時代の流れ(パッケージCDが売れなくなった事)に逆らえず、本社はCD事業からの撤退を決定。


先輩店長や仲間が肩たたきにあう中、

「書籍店の店長として残ってくれないか?」

というありがたい言葉を人事部の方から頂きます。

この時の私は30歳。


大学の同級生の中には陶芸作家として活躍している友人が何人かいました。


今の会社で50歳になった自分が働いている姿はイメージ出来ない。

でも陶芸なら、お婆ちゃんになっても出来るかもな…


「よっしゃ、私も陶芸作家になるか」


美大卒業から約10年。

ようやく「陶芸」の世界へ戻る決意をした瞬間でした。


なんだか長くなりそうなので、続きはまた今度書きますね。


写真は先日撮ったもの。

夢の国のジェラートでご機嫌な娘のゆーわん、5歳です。

ずいぶんお姉ちゃんになりました。


ではでは、また。

窓の外では蝉が鳴き始めました。

夏ですね…

みなさんの夏が素敵なものになりますように♡


naoco