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定年後、荒野をめざす

もしも旅券を失くしたら 前編

2019.07.16 04:38

  日本には帰れません。


  言葉が通じない国でパスポートを失くし、早く帰りたいと思うなら、「帰国のための渡航書」(帰国時だけに使用可能)か、本当の「パスポート」を再発行してもらうかどちらかです。


  最初にすることは三つ。


1 探すのをあきらめる(これがなかなか難しい)


2 大使館に電話する(日本語を話せる人がいます)


3 必要書類を集める


最も難易度が高いのが3です。

必要書類を下に明記します。


1 警察が発行する紛失届か盗難届

2 顔写真(3.5×4.5センチ)2枚

3 帰国便のeチケット

4 戸籍謄本

5 多少の現地通貨


 このうち面倒くさいのが1(モンゴルの場合)。


  これらを早く集めることができれば、最短、翌日には帰国できるかもしれません。時間がかかればかかるほど、帰国日は遠ざかっていきます。



  さあ、実習編です。私がパスポートを紛失してからのことを一人称で語ります。時に汚い言葉が出るかもしれませんが、ご容赦ください。




↓  街の中心部にあるウランバートルホテル。私が泊まっていたホテル

 7月10日午前5時半、ウランバートルホテルで目が覚めた。南ゴビ、ノモンハンとモンゴル国内通算4千キロの旅を終え、慰霊団一行は、この日午前8時40分発のモンゴル航空機で関空へ帰ることになっていた。


  前夜に飲んだ馬乳酒や赤ワインで少々、体が重い。旅の疲れが蓄積しているが、あとは余った現地通貨トゥグルクで土産を買って飛行機に乗れば、昼過ぎには大阪だ。関空のがんこで、「湯葉握り食うぞ」と燃えていた。


  カリマーの大小のザックをホテルのフ ロント前に運んだのが午前5時50分。小ザックの脇ポケットに入れているはずのパスポートが見当たらない。もう一度、部屋に戻って家探しした。


  ない。


 まさか失くした?


  そうだ、昨日のチョイバルサン空港で飛行機に乗った後、私の手荷物の小ザックを取り上げた男だ。国内航空会社「フンヌエア」の男性客室乗務員は、私の荷物を、座席上の荷棚に何度も突っ込もうとして入らず、結局、空き席にシートベルトで縛っていた。手荒かった。


 この時、脇ポケットから滑り落ちたに違いない。



  だとしたら、機内にある。とりあえず、チンギスハーン国際空港まで、みんなとバスで行くことにした。


  フンヌエアで座っていた席は13Cと覚えていた。空港の事務所で聞いたら「お預かりしてました。はいこれ、あなたのパスポート、良い旅を」と言ってくれるかもしれない。


  良い方にばかり考える癖が昔から治らない。

「フンヌエアの事務所が空くのは午前9時からです」と非情な知らせが入った。


 ちっきしょう、オーマイゴッド、ケッパッカード(イタリア語)。


  こんな時に吐く言葉は、どんな国でも小さな「ッ」が挿入されている。


 そんなことはどうでもいい。

 帰国する 一行に別れを告げ、私はホテルに戻ることにした。関空のがんこの湯葉握りが遠ざかっていった。


 こういう時に浮かぶ言葉がある。

 これが最悪と言えるうちは最悪ではない

(シェークスピア)

続く